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  • この魅力を伝えるのは難しいが、不思議な情感がとめどなく溢れ出る『旅と日々』

    『ケイコ 目を澄ませて』(2022年)、『夜明けのすべて』(2024年)の三宅唱監督の最新作。2022年の僕の日本映画ベスト作品である『ケイコ』の三宅監督最新作を見逃すわけにはいかない。と、いうわけで公開初日から1週間経った映画館へ足を運んだところ、意外にも(?)お客さんは6〜7割程度入っていてびっくり。

    原作はつげ義春の漫画『海辺の叙景』と『ほんやら洞のべんさん』。映画の前半は、行き詰まっている脚本家の李(シム・ウンギョン)が構想する物語で、夏の海で高校生らしき男と陰のある女(河合優実)が出会い、雨の中の荒れた海で泳ぐ…という話。後半は気分転換に旅に出た李が、雪深い寂れた宿に辿り着き、ものぐさな主人・べん造(堤真一)と過ごす数日を描く。

    淡々と、筋立てらしい筋立てもなく物語は進み、半ば唐突に終わる。僕は「ガロ」の熱心な読者ではなかったが、何作かつげ義春さんの作品は読んだことがあるので、どういう作風なのかは知っていた。そういう意味ではつげさんの漫画のトーンをそのまま生かした映画になっていると感じた。

    もちろん物語はあるのだが、いわゆる起承転結のようなわかりやすい作劇がないので、苦手な人は苦手だろう。でも僕が観た回にいた観客たちは皆、ここで描かれている世界を楽しんで観ていたようだった。笑いもあったし、その淡々とした時間の流れに身を委ねて、心地よい感覚を味わっていたように思う。

    主人公を演じるシム・ウンギョンは本当に不思議な女優だ。『サニー 永遠の仲間たち』(2011年)、『怪しい彼女』(2014年)という韓国コメディ史に残る2大傑作に主演した名女優でありながら、日本映画への出演を積極的に続け、『新聞記者』(2019年)では何と日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞まで獲得してしまった。今回の作品も決してわかりやすい内容ではなく、日本の女優であっても演じるのは難しいと思うが、彼女はいたって飄々と存在感を発揮し、すんなりこの世界の住民となっているように見える。

    河合優実も然り。近年、破竹の勢いでさまざまな映画、ドラマに出演し続け、それぞれの作品でしっかりと強烈な印象を残している彼女。今回の彼女の魅力をあえて挙げるなら、自身のセクシーさに制限をかけず、肝の座った存在感を見せてくれるところだ。最近の女優は少し人気が出てくると、「水着はダメ、下着もダメ、ベッドシーンなんてもってのほか」などとやたらイメージに制限をかけてくるが、河合優実はそういうところが微塵もない。ちゃんと監督や原作者に対する信頼と理解ががあるのだなと感じられる。だからこそ彼女は多くの優秀なクリエイターに求められているのだ。

    そして、こういうジャンルの映画にあまり出演しているイメージがない堤真一が出演している。彼もまた、パブリックイメージとは一味も二味も違うド田舎の変なオヤジを楽しそうに演じていて、シム・ウンギョンと絶妙な絡みを見せてくれる。

    さらに二つの物語の間を繋ぐブリッジ部分には「つげ義春世界」の住人とも言える佐野史郎も登場。あまりにもこの世界に馴染んでいて笑ってしまうほどだ。

    スタンダート・サイズで切り取られた青い海、雨の海、深い雪、つらら、夜の池など美しい風景もいっぱいで、物語の情感をたっぷり味わうことができる。この映画の魅力を人に伝えるのは難しいが、「この映画が表現している情感に共鳴できる人は信頼できる」と思わせてくれる、貴重で不思議な映画なのだ。

    『旅と日々』監督:三宅唱 (11月14日 @池袋グランドシネマサンシャイン シアター7)

    追記的雑談:

    この映画のスクリーンサイズはスタンダード(1:1.33)。最近『七人の侍』や『ミーツ・ザ・ワールド』など、スタンダードの映画を結構観ている。平たく言うと昔のテレビのサイズで、正方形に近い。映画はビスタ(1:1.85)やシネマスコープ(1:2.35)が主流だが、スタンダードにも独特の味わいがある。『どん底』までの黒澤明作品や根岸吉太郎監督の『遠来』、伊丹十三監督の『マルサの女』などもスタンダードだ。MGMミュージカルなど、人間の全身を使った踊りを見せるとか、縦構図の動きが多い映画などはスタンダードが効果的だし、通常のドラマ作品でも表情や密度を重視した作品には向いている気がする。

    ただ、唯一気をつけなければならないのは、その劇場のフルスクリーン状態がシネマスコープの場合、画面の両側がかなり狭まり画面が小さく感じることになる点。なのでそういう劇場の場合は、いつも観ているポジションよりやや前に座らなければならない。

    映画を理想的な大きさで観るためには映画のスクリーンサイズ、劇場のスクリーンのサイズ、座席数・配置をあらかじめチェックしておかなくてはならならいのだ。チケット代もバカにならない昨今、映画ファンの飽くなき研究は今日も続く笑。

  • またかと思いつつ、初日に観に行ってしまうシリーズ最新作『プレデター:バッドランド』

    20世紀フォックス映画の(もうフォックスじゃないけどね)ドル箱人気シリーズである『プレデター』であるが、このシリーズがこれまで何本作られたかすぐに言える人はなかなかいないだろう。映画ファンであっても「プレデターの最新作は通算⚪︎作目です」なんて言えたり、3作目以降のストーリーをパパッと説明できる人なんて見たことがない笑。ここが『エイリアン』と大きく違うところだ。

    いきなりけなすようなことを言ってしまったが、とはいえ作られれば観に行ってしまうのが映画ファンの性というもの。このシリーズには何かヘンな魅力があるのですよね。直近のシリーズがどんな話だったかも思い出せないまま。最新作『プレデター:バッドランド』を奮発してIMAX鑑賞。お客さんは6〜7割くらいの入り。満員というわけではなかったけれど、ちゃんと若い人も女性もちらほらいる。で、思ったのが「この人たち何でこの映画観に来たの?」という純粋な疑問(笑)。世の中にはこんなにゲテモノ好きの人がいるのか。

    で今回のストーリーは…高度な文明を持つ戦闘種族であるプレデターの若き戦士“デク”は、父親との確執があり、一族から追放されてしまう。「究極の敵」を狩って一族に認められようとするデクは、偶然上半身しかないアンドロイド・ティア(エル・ファニング)と出会い、双方の目的のために手を組むことになる…。

    というわけで、たびたび『エイリアン』シリーズとクロスオーバーしてきた『プレデター』シリーズですが、今回は『エイリアン』シリーズでお馴染みのウェイランド・ユタニ社製アンドロイドが登場し、物語の重要な役割を果たします。上半身だけになったアンドロイド・ティアとプレデターが共闘することになる、というトンデモ展開が今回のミソですね。

    ところが、結論を言ってしまうと今回の「お話」は意外にもワンパターンに陥りがちなシリーズの中でもちゃんと新しさがあってかなり面白かったと思います。SF映画としてのスケール感もあるし、アンドロイドや異星生物たちの描写も進化していてかなり見応えがありました。

    ただ、ハリウッドの大作アクションに総じて言えることなのですが、ムダに予算かけすぎ(笑)。去年のアカデミー賞の時期に、『ゴジラー1.0』が一般的なハリウッド大作予算の1/10で作られたということが話題になりました。この作品も、見せ場が次から次へと用意されているのですが、それがあまりにも目まぐるしすぎて、緩急に乏しいのだ。せっかく異形の生物がたくさん出てきたり、その生物や植物を使ってプレデターが兵器を作って闘ったりするのに、その描写がいちいち雑なのでカタルシスが起こらないのだ。「あれ、今のがクライマックスだったの?」という感じ。

    この映画を観た後、懐かしくなって1987年公開の『プレデター』第1作(監督:ジョン・マクティアナン)を観直しました。予算はそれこそ最新作の何分の1だと思いますが、見せ場の描写は丁寧でサスペンスも迫力も申し分なく、実に面白かったです。この頃の志を忘れないでほしいものだな、と思った次第。

    とはいえ、ここのところの3作目『プレデターズ』(2010年)、4作目『ザ・プレデター』(2018年)とかに比べたら物語の広がりはありそうなので、デクとティアの物語の続きを楽しみにしておこうかな、という感じです。

    『プレデター:バッドランド』2025年 監督:ダン・トラクテンバーグ(2025年11月7日 @ユナイテッド・シネマ浦和 スクリーン4 IMAX)

    蛇足的追記:

    僕は配信作品である第5作『プレデター:ザ・プレイ』とアニメーション『プレデター:最凶頂上決戦』はまだ観ていません。チャンスがあったらぜひ観たい。

    1987年の第1作を観た時は、あまりにもマンガ的なプレデターの容姿や、浪花節的展開にやや失笑してしまった思い出があるが、時を重ねるにつれて、それらが味になってきた感はありますね。あの「醜い」プレデターの顔も可愛らしく思えてきたし、兵器を使う狩猟種族というのも受け入れられるようになってきました。

    そして改めて思ったのは『プレデター』1作目って豪華だったんだなということ。監督はこの後『ダイ・ハード』(1988年)『レッドオクトーバーを追え!』(1990年)を手がけるジョン・マクティアナンだし、音楽は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985年)のアラン・シルベストリ、キャストもアーノルド・シュワルツェネッガーに『ロッキー』シリーズのアポロ役、カール・ウェザースとすごいメンツだった。

    今回の入場者特典はプレデターのショボいアクスタみたいなやつ。アクスタならまだいいけど、「プラ板スタンド」みたいな感じで、ペラペラ感半端ない。ペラッペラ。これならIMAX鑑賞時に時々くれるA3ミニポスターの方が良かったな。

    最後に余談も余談だが、この『プレデター:バッドランド』の最も感心した部分は「メインタイトル」だ。冒頭と最後にメインタイトルが出るのだが、これがかなりカッコいい。タイトルロゴのデザインもカッコいいし、音楽などのタイミングもバッチリ。最近は凝ったタイトルバックが少なくなってしまったが、これは久しぶりに映画らしい堂々たるタイトルバックだった。こういうのって大事なんだよね。

  • 14年前に製作されたB級SFスリラーをのんびり楽しむ日曜の午後『ダーケストアワー 消滅』

    またもYouTubeの無料動画で鑑賞。2011年製作、2012年に日本公開のSFスリラーだがこれまで観ていなかった。何かのDVDをレンタルした時にこの映画の予告が付いていて気にはなっていたのだが、鑑賞する決め手に欠けていた。B級映画は大好きなので、できるだけこの手の映画は観たいと思っているのだが、どうしてもタイミングというものがありますからね。で、観てみたら意外に拾いものだったというわけです。

    アメリカからビジネスでモスクワへやってきたショーンとベンがナイトクラブで気晴らしに飲んでいると、突如空から無数の謎の光体が飛来。それに触れると人間は一瞬のうちに灰のようになって消滅してしまう。ふたりはクラブいた3人の若者と共に何とか侵略者から逃げ延びるが、世界各地が同様の事態に陥っていることを知り、侵略者から生き延びる方法を模索する…というお話。

    主人公ショーン役は『イントゥ・ザ・ワイルド』(2007年)、『スピード・レーサー』(2008年)のエミール・ハーシュ。他にはリブート版『ロボコップ』(2014年)のジョエル・キナマンが出ているくらいで、そこまで有名な俳優は出ていない。なので多くのB級映画と同様、先入観なく物語に入り込むことができる。

    この映画のエイリアンがユニークなのは、基本姿はあまり見えないのだが、『宇宙大怪獣ドゴラ』(1964年 監督:本田猪四郎)にちょっと似ていて、クラゲのような姿をしているところ。全然強そうじゃない。体から電磁波(だったかな?)を発生しているため電子機器や照明に反応するという設定で、姿は見えないが、近づいてくると電球が光ったり、携帯が鳴ったりするのだ。古くは『ジョーズ』、最近だと『クワイエット・プレイス』みたいに、見えない敵の存在を常に感じているというスリルがこの作品でも描かれることになる。

    そしてショーンとベンは、ほぼ壊滅状態のモスクワの街を彷徨うわけだが、仲間が加わったり、減ったりしながらある目標まで移動することになる。

    この映画がもうひとつユニークなのは、ロシアとアメリカの合作で、モスクワが舞台になっているところ。ロシアが舞台である必然性みたいなものはあまり感じられないのだけれど、ストーリーが進むにつれて、アメリカ人とロシア人が協力せざるを得ない状況に陥ってくるというのがミソ。そこからちょっと胸熱な展開になっていくのも見どころだ。

    世界崩壊の危機を限定した空間で描写していく手法で、基本的には低予算映画だが、着想の面白さとアイディアたっぷりの見せ方で最後まで面白く観ることができた。ストーリー的に雑な部分は多々あるけれど、そこまで残酷でもないし、尺も長くないので家族や友人たちとワイワイ言いながら観るにちょうどいい1作でした。誰か観てないかな笑

    『ダーケストアワー 消滅』2011年製作 監督:クリス・ゴラック (2025年11月9日 YouTubeにて無料鑑賞・広告付き)

    蛇足的追記:

    実は数ある東宝特撮映画の中でも『宇宙大怪獣ドゴラ』がお気に入りである。この作品のことを知っている人が僕の周りにはあまりいないので面白さをなかなか共有できないのですが笑、東宝特撮らしいセンス・オブ・ワンダーにあふれていて大好きです。この『ダーケストアワー 消滅』を観たいと思った理由のひとつは、エイリアンが『ドゴラ』に似ていたからなんですよね。この映画の監督も実は『ドゴラ』観ているんじゃないかな?聞いてみたい。パクリだと思われるとイヤだから観ていても「知らん」とか言っちゃうのかな?

    あと『ダーケストアワー 消滅』のエイリアンが飛来するシーンは「けさらんぱさらん」みたいにも見えます。

    それとエミール・ハーシュの映画を久しぶりに観たな。彼の主演作『イントゥ・ザ・ワイルド』(2007年)は実にいい映画だった。ハル・ホルブルックが懐かしい。

  • 歌舞伎町を舞台に杉咲花の磁力と個性的なアンサンブルで魅せる『ミーツ・ザ・ワールド』

    芥川賞作家・金原ひとみの柴田錬三郎賞受賞作小説の映画化。僕はこの手の「現代に生きる女性の姿を見つめた」みたいな作品は苦手であまり積極的には鑑賞しない。なのになぜ観に行ったかというと一にも二にも杉咲花の磁力に引っ張られたからである。『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016年 監督:中野量太)以来、彼女は新作のたびに気になってしまう俳優のひとりだ。

    イケメンBLアニメをこよなく愛する根っからのオタクである27歳の由嘉里(杉咲花)は、仲間たちが結婚や出産をする状況に焦りを感じていた。婚活に乗り出し合コンに惨敗し、歌舞伎町の路上で酔いつぶれていた由嘉里は偶然通りかかったキャバクラ嬢のライ(南琴奈)に助けられ、そのまま彼女の部屋でルームシェアするようになる。ライとの生活の中で由嘉里は安らぎをおぼえるようになっていくのだが、ライには自殺願望があるのだった…というストーリー。

    監督は『アフロ田中』『ちょっと思い出しただけ』の松居大悟。僕の中で松居監督はテレビ東京で放送されていたドラマ『バイプレイヤーズ』シリーズメイン監督の印象が強い。物語の柱である大杉漣さんが突然亡くなってしまったとき、大杉さんの不在を物語に取り込んだ形でこのシリーズをきちんと成立させ、さらには劇場版まで持っていった功労者だ。この『ミーツ・ザ・ワールド』とも“大切な人が突然いなくなる”というモチーフが共通している感じがある。

    キャスト陣では杉咲花と南琴奈というふたりを、板垣李光人、渋川清彦、蒼井優といった芸達者な面々がガッチリと支えている。ストーリーの中心にいる南琴奈は、芝居にまだ硬さはあるけど独特の浮遊感があって役に合っているし、板垣李光人はこの若さでもうベテランの雰囲気があり、ちょっといい加減だけど人はいいホストをしなやかに演じている。渋川・蒼井は磐石の安定感で、特に蒼井優はこういう作品で脇に回るのをすごく楽しんでいる感じがあって素晴らしい。(蒼井優は2016年、松居監督の『アズミ・ハルコは行方不明』に主演している)

    あとはワンシーンだけだが杉咲花と焼肉デートをする相手として令和ロマンの高比良くるまが出演している。お笑い芸人は総じて芝居が上手いけれど彼も例外ではなかった。少しウザいキャラの役だったけれどその中に不器用な誠実さを滲ませていて「さすがだなあ」と思った。

    そしてやはり主演の杉咲花。この作品を観たくなったのはテレビで彼女の「オタク的」な早口しゃべりの芝居を見たからだ。相手の理解とかを気にせずにとにかく自分の言いたいことを早口でまくし立てる独特の芝居が妙にハマっていて笑わせてもらった。思えば去年は『市子』『52ヘルツのクジラたち』『朽ちないサクラ』と3本の主演映画を観たけど、どの作品も彼女の芝居に魅了されてしまった。彼女は小柄なこともあって、演じる役柄や実年齢よりもかなり若く見えてしまうけれど、映画を観ている間はそういうことを全く感じさせない。やはり生まれながらの芝居力が備わっているということなんでしょうね。

    舞台となっているのは新宿・歌舞伎町で、多くの人がよく知っている場所で堂々たるロケーションが行われているのも見どころだ。僕が歌舞伎町で朝まで飲んだりしていた時代はかなり昔で、今となってはその様子もかなり様変わりしてしまったけれど、その独特の雰囲気は映画の中にも残っていて、懐かしさを感じる部分もかなりあった。朝、明るくなってから新宿駅に向かう途中の歌舞伎町の空気というものは、それを味わったことのある人にしかわからないある種の切なさがあって、その感じをこの映画はとても上手く捉えていたと思う。

    2025年10月30日 @池袋グランドシネマサンシャイン シアター11

    蛇足的追記:

    ネットニュース等ですでに発表されているので、別にネタバレにはならないと思うが、劇中の肝となるシーンで菅田将暉が声のサプライズ出演をしている。映画を観ていた時に「あれ、聞いたことある声だな」と思ったけどすぐには気づかなかった。クレジットを見て「あの声は菅田将暉だ!」と分かった。松居監督との関係性(菅田将暉は2013年、松居監督の『男子高校生の日常』に主演している)で実現したらしいが、こういうのは実に面白いね。

  • 日本製胸キュンとは一味違う90年代台湾ノスタルジーに涙『ひとつの机、ふたつの制服』

    青春時代の甘酸っぱい思いを描いた作品は多々あるが、少なくとも現代の日本を舞台に、若者の青春を描いた映画には、定年を迎えたようなオヤジにはなかなか共感しにくい。俺らの青春時代はスマホもLINEもXもインスタも無かったしね。しかし、韓国や台湾の青春映画には今も「ひと昔前」を描いた青春映画の秀作が結構作られていて、大いに楽しませてもらっている。日本では人気コミックやライトノベルを原作にした「現代の」青春を描いた映画ばかりが圧倒的に多くて、ちょっと劇場には足を運びにくいんだよな。

    というわけで今回鑑賞したのは90年代の台湾が舞台の青春映画『ひとつの机、ふたつの制服』。公開4日目(祝日)の昼の回に鑑賞したが、劇場はおよそ半分ほどの入り。なぜかオヤジ率高し笑。

    受験に失敗し、母の押し付けでエリート高校「第一女子高校」の夜間部に進学したシャオアイ。夜間部の学生は全日制の学生と机を共有するのだが、シャオアイは全日制の成績優秀なミンミンと机に手紙を入れてやりとりする“机友(きゆう)”となる。全日制への憧れからミンミンと行動を共にするようになったシャオアイだったが、やがて同じ男子生徒に思いを寄せていることに気が付いて…というストーリー。

    全編ノスタルジーの塊みたいな映画だが、全日制への劣等感を抱きつつ、ミンミンと共に行動することで自分も全日制の学生になったかのような気持ちになるシャオアイの気持ちは痛いほどよくわかるし、これは「ひと昔前」のカルチャーを描きつつ、どの世代にも共感できる内容になっている。そして後半は『ペーパー・チェイス』(1973年 監督:ジェームズ・ブリッジス)みたいになっていくので、世の中を呪いながら受験戦争に身を投じたことのある人には身にしみる1作だ。

    パンフレットの記載によると、本来「学び直し」や「働きながら教育を受ける」システムであるはずの夜間部が、いつの間にか「全日制の受験に失敗した学生の受け皿」になり、学生のほとんどが現役生で占められているという状況になってしまったそうで、これは日本の「定時制高校」と似た状況のよう。この映画のモデルになった高校は、その影響で2004年に夜間部が廃止になってしまったらしい。こういうところを物語の背景として設定したのがまず興味深いし、日本のコミック原作恋愛青春映画と大いに違う部分である。

    主人公のメガネっ子女子・シャオアイを演じた主演のチェン・イェンフェイは本当に素晴らしくて、とにかく感情が「澄んでいる」演技を見せてくれる。偽りの全日制生活を謳歌していたシャオアイは、後半に現実のしっぺ返しをくらうことになるのだが、その揺れる感情表現が実に見事。そしてかわいい笑。緑の制服も似合っているし、私服のワンピース姿も卓球のユニフォーム姿も、メガネをかけていてもかけていなくても、⚪︎⚪︎を吐いてもとにかく全部かわいいです。

    俳優陣の演技・存在感は全員素晴らしいのだが、中でもシャオアイの母を演じたジー・チンには本当に圧倒された。映画後半にシャオアイと大げんかをして、彼女が「我が家が貧乏である理由」を語るシーンがあるが、そのセリフ一つひとつが心に突き刺さってくる。もちろん脚本が素晴らしいのですが、彼女の熱演と相まってこの映画のハイライトとも言える名場面。涙が止まりませんでした。

    そして僕がとても興味深かったのが、『あの頃、君を追いかけた』(2011年 監督:ギデンズ・コー)と同様に1999年の921大地震が描かれていたことだ。日本の阪神大震災や東日本大震災と同じように、この災害は台湾の人々に計り知れない影響を与えたのだということがよくわかるし、このことをきっかけに人間関係や意識がガラッと変わってしまうのも日本と同じなのだな、と改めて感じた。

    まあとにかく久しぶりにというか、今年一番の気持ちのいい涙を流させてもらった映画でした。Blu-ray発売しますように(祈)。

    『ひとつの机、ふたつの制服』監督:ジュアン・ジンシェン 11月3日 @シネリーブル池袋 スクリーン1

    以下蛇足的追記をいくつか:

    チェン・イェンフェイは棋士の羽生善治さんの奥さんになった元アイドルの畠田理恵さんに雰囲気がちょっと似ています笑

    全然知らなかったのだが、入場者特典があったらしく、キャストのポストカード3枚(ランダム)が配られていたらしい。残念ながら僕が観たのは公開4日目で配布は終了していたが、こんなことなら『爆弾』より先に観に行くんだった笑。

    あと、あまりにも感動したので珍しくパンフレットを購入したが、これまた素晴らしい内容でした。800円でしたが写真もふんだんに入っているし、インタビュー等資料的価値も高い。買うか迷っている方、おすすめします。

    『ひとつの机、ふたつの制服』監督:ジュアン・ジンシェン 11月3日 @シネリーブル池袋 スクリーン1

  • 午後ロー的なノリで見つけた超拾いものSFアクション映画『ジェノサイド004』

    皆さんと同様に日常的にYouTubeをダラダラと観てしまう。面白い動画が無限に出てくるのであっという間に時間が経ってしまうのだが、そんな動画の中にたまに公式に無料で観られる映画がアップされている時がある。それは新作映画のプロモーションとして関連作品や過去作などを期間限定で配信しているものや、何の脈絡もなく無料公開されているB級的な映画もある。暇な土曜日にそんな無料映画の中から、つい観てしまったのが2020年製作のオーストラリア製SF映画『ジェノサイド004』(原題はMonsters of Man)である。(※ちなみに我が家ではテレビモニターでYouTubeが観られるのでパソコンで観たのではありません)

    なんせこの手の映画は資料が少なく、以下記述情報にミスがあるかもしれませんがあしからず

    軍事用AIロボットを極秘に開発をしている企業とCIAが協力し、東南アジアのジャングルで4体のロボットのテストを行う。しかし4体のうちの1体は、パラシュート降下時の着地ミスで故障。ロボットは残りの3体で麻薬を製造しているジャングル内の村を襲撃し始める。時を同じくして、アメリカからやってきた医療ボランティアのグループが車の事故で立ち往生し、村に助けを求めていた。極秘開発のロボットが村人を殺戮する様子を目撃したことによって、彼らもまたロボットに狙われることになる…というストーリー。

    内容はいかにもB級SF映画といった感じのノリで「つまらなかったらすぐ観るのをやめればいいや。どうせタダだし」と思って見始めたのだが、意外にもグイグイ引き込まれて最後までワクワクしながら観てしまった。数少ない資料にはインディーズ映画と書かれていたが、これはいわゆるワーナーとかユニバーサルとかいった「大手スタジオ」による映画ではない、という意味だろう。もちろんハリウッドの基準からいったらかなりの低予算なのだろうが、画面にそういうショボい感じは一切ない。スタジオ製作の映画と比べても全く遜色ない完成度だ。

    この手のジャンルは80〜100分程度の上映尺が普通だが、なんとこの映画は131分。通常ならかなり長く感じるはずだが、展開にバリエーションがあって、最後まで全然飽きさせない。

    後半はロボットの襲撃から逃げようとする医療グループをロボットが追跡するくだりがメインになっていくが、「誰が生き残れるか?」というサスペンスの展開が実に見事。例えば普通トム・クルーズようなスターが出演していたら観客は「まあトムは最後まで生き残るだろうな」と予測がつくが、この作品の場合は有名な俳優が全く出ていないので、誰が殺されるか全くもって予断を許さないのだ。そしてストーリー上、地雷の爆破や時限爆弾、銃撃、殺傷といったシークエンスも多いが、その間合いも単調じゃなく見応えがある。

    さらにVFXもかなり使われているけど、それ以外の画作りも素晴らしい。ジャングルの中の撮影がメインなので、ああいう場所でロケをして理想的な画作りをしていくのはかなり大変だと思う。自然は人間の思い通りにはならないからだ。しかしこの映画は実にストーリーに即した的確な画を捉えているし、木や緑だけではなく、遺跡や洞窟を使って見せ場のバリエーションを増やし、横構図になりがちな展開を縦構図のシーンの展開にするなど大いに工夫している。

    監督・脚本はマーク・トイア。全く情報がないのでどんな経歴の人かわからないが、もし、情報通りの低予算でこの映画を作ったのだとしたら相当の才能だと思う。例えばかつてのジェームズ・キャメロンは『ターミネーター』(1984)、『エイリアン2』(1986)をその完成作からは想像もできない低予算で作り上げている。『ゴジラ』(2014)や『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(2016)『ザ・クリエイター/創造者』(2023)のギャレス・エドワーズだってデビュー作の『モンスターズ/地球外生命体』(2010)は超低予算映画だ。ジョン・カーペンターやデビッド・クローネンバーグも初期は低予算でありながら、それを感じさせない面白い作品を作ってきた。マーク・トイアが数年後にキャメロンやギャレスのようになる可能性は低くない。少なくとも「マーク・トイア」という名前を記憶しておく価値はあると思う。

    それにしても日本で劇場公開されないユニークな映画はまだまだいっぱいありますね。ぜひポップコーンを用意して暇な休日にでも楽しんでください。

    10月31日 YouTube鑑賞

     

  • この『爆弾』で今年の興行ランキングに風穴をあけることができるか?

    この秋の注目作『爆弾』を公開初日の昼の回に鑑賞。僕が入った池袋の大きめのスクリーンはほぼ満席。年齢層も幅広い。映画がスタートしてすぐにただならぬ緊張感がみなぎり、観客が息を呑んでスクリーンを注視しているのがわかる。みんなポップコーンあまり食べなかったんじゃないかな?

    原作は2023年のミステリーランキングで2冠に輝いた呉勝浩のサスペンス・ミステリー。酒屋の自動販売機を破損した罪で囚われたホームレス風の冴えない男“スズキタゴサク”(佐藤二朗)が取調室で突如、爆破事件を予言、その予告通り秋葉原で爆弾が爆発する。スズキはのらりくらりと警察を翻弄し、この後も爆破は続くと言う。警視庁特殊犯係の類家(山田裕貴)は、スズキから情報を引き出すべく頭脳戦を挑むことになる…というストーリー。

    監督は『帝一の國』『キャラクター』の永井聡。まずはエンタメ作品としてしっかりとした手堅い仕上がりで、初日に劇場に駆けつけた観客の期待にはきちんと応えてくれている

    俳優たちも皆熱演で、主演である山田裕貴、佐藤二朗はもちろん、染谷将太、伊藤沙莉、寛一郎、坂東龍太など勢いのある俳優たちから、渡部篤郎、加藤雅也、正名僕蔵、夏川結衣のベテランたちまで、気合の入った素晴らしい演技を見せてくれる。

    僕はこの原作を発売されてすぐに読んで、概ね楽しく読んだ。まるで『羊たちの沈黙』のようなスズキタゴサクと警察の駆け引きはスリリングで読み応えがあったし、都内各所で発生する爆破事件と翻弄される警察、そして次第に明らかになっていく事件の真相に実にワクワクさせられた。

    ただ、これだけの事件を起こしたスズキタゴサクの本当の動機とか、爆破や情報開示のメカニズム、周辺で起こった過去の事件のデティールなどに関しては「ん?」と思う部分も多くて、物語の本線に有機的に結びついていない感じがあって、そこが不満というか「もったいないな」と思う点だった。

    この映画は近年では珍しいくらい「原作に忠実に」映画化された作品だと思う。そのこと自体はとてもいいことだと思うのだが、同時にこれは「原作の弱点が映画にそのまま引き継がれてしまった」ということだ。映画になると、ストーリーのでデティールに散りばめられた要素が小説以上に空中分解している感じに見えてしまう。

    2時間17分という上映時間は少し長いけれど、この原作が持つボリュームから言えば適切な尺だと思う。全体的なテンポはすごく良かったし、「長いな」とは全然思わなかった。

    ただ、2時間くらいの観やすい尺の映画にするために、原作の要素をいくつか省いてうまく整理する手もあったのではないかと思う。特に最後に明らかになる“動機”とそのカラクリに関してはもっとシンプルに整理した方が、わかりやすくスッキリしたのではないかと思う。少なくともラストに「え、結局彼は何のためにこんな手の込んだことをやったの?」という印象にはならなかったのではないだろうか。

    今回も最後にどうでもいい話。山田裕貴、佐藤二朗以外なら、誰がこの役を演じられるか?

    実はこの原作を読んだ時に多くの人と同様に「もし映画化されるならスズキタゴサクのキャスティングが肝だな」と思っていた。当時僕のイメージには佐藤二朗は全く浮かばなかった。映画を観たらピッタリで、いつもふざけた演技ばかり目立ってしまう佐藤二朗だが、この作品や『あんのこと』などのような芝居は、なかなか他の人にはできない演技だなあと思って実に感心した。

    そして、実は僕がこの原作のスズキタゴサクからイメージした俳優は野性爆弾のくっきー!と、ロバートの秋山竜次だった。二人ともなんかふざけたことばかり言っているけど目の奥で何か別のことを考えている感じと、狂気をはらんでいるイメージが重なって見えたんですよね。

    あと山田裕貴は熱演だったけど、彼は人間性の良さが見えちゃうタイプなので(褒めています。誤解なきよう)、もっと何を考えてるかわからない感じの人でも良かったのではと思った。類家というキャラクターはもっと腹黒い感じがする人の方がいいんですよね。例えば10年前のダニエル・ブリュールのような。

    アニメばかりが興行ランキングの上位に入ってくる昨今ですが、果たしてこの『爆弾』はアニメの牙城を崩せるだろうか?

    『爆弾』2025年10月31日 @TOHOシネマズ池袋 スクリーン7

  • もういいかなと思いながらも、結局また観てしまう『七人の侍』新4Kリマスター版

    もはや説明不要の日本映画不朽の名作。僕自身も何回観たか覚えていないくらいである。平日午前中からの鑑賞だったが劇場は8割方埋まっていて、年齢層はもちろん高齢の方が多いがちらほら若い人もいる。この映画が封切られたのは1954年。もう70年以上前である。なのに2025年の今観ても十分に面白いというのは本当に驚異的なことで、改めて製作に関わった人々に頭が下がる。

    時は戦国時代、野武士の略奪を恐れる百姓に雇われ、村を防衛する七人の侍たちを描く物語。

    僕がこの作品を初めて観たのは確か1980年代の後半、池袋・文芸坐(当時邦画は文芸地下での上映だったと思う)の黒澤明特集だ。当時は上京したばかりでとにかく黒澤明の映画を片っ端から観ようと思っていたので、この特集上映に通い詰めていた。もちろん、噂に違わぬ傑作で面白く観たのだが、『東京物語』や『2001年宇宙の旅』『ゴッドファーザー』などと同様で、1回観ただけではその真価に気付けない。とにかく作品中の情報量が多いので、その様々な要素に翻弄されてしまったというのが初回の正直な感想だ。

    初回鑑賞の時、印象に残っているエピソードがある。この映画は上映時間が3時間27分あるのだが、真ん中ほどで休憩が入る。休憩に入る直前が、侍たちのリーダーである志村喬が、自己中心的な行動をとろうとする村人たちを「他人を守ってこそ自分も守れる!戦さとはそういうものだ!」と叱り飛ばす名シーンだ。そして休憩に入りトイレに行ったら、トイレに入ってきたおっちゃんたちが皆「♪ふーふーふーふ〜んふふ、ふーんふふふ〜」とテーマ曲を鼻歌で歌いながら用を足していたことである笑。あれは最高の体験だった。

    その次に観たのは1991年の秋、ドルビーサラウンド音響による完全オリジナル版が公開され、確か日比谷映画で鑑賞した。当時はまだバリバリフィルム上映時代で、なんせ元が1954年の映画なのでドルビーサラウンドにしたところで音はそれほど良くなかった。というか何を言ってるかセリフを聞き取れない部分が多かった。とはいえ、名画座ではなく封切りロードショーの大劇場で『七人の侍』を鑑賞する醍醐味は格別だった。

    その後も何度か劇場鑑賞したはずだが、2016の秋に最新デジタル技術を駆使して「4Kリマスター版」が作られ、「午前十時の映画祭」で上映された。この時はTOHOシネマズ日本橋で鑑賞したが、とにかくフィルムノイズ(キズやチェンジマーク)が全くなくなっていることに驚いた。音もかなり良くなっていて、セリフもクリアになっているように感じたが、これは繰り返し鑑賞しているせいでもう頭にセリフが記憶されているからハッキリ聞こえたように感じたのかもしれない。今回鑑賞した2025年上映版はこの4Kリマスター版。

    というわけで、大雑把にいうと35ミリの通常盤とドルビー版、そしてデジタル上映の4Kリマスター版と大きく3回くらいのバージョンチェンジのたびに劇場鑑賞してきたわけである。実は今回、「もうこの映画は何回も観ているし、何か別の新作でも観た方がいいかな」と思ったりもしたのだが、結局観に行ってしまった。もちろん観て良かった。そしてもはや言うまでも無いことなのだが「この映画は何度観ても感動が色褪せない」と言うことを再確認した。

    まず、3時間27分の上映時間の間、全くダレないというのが驚異的で、その脚本構成力、プロダクションデザイン、撮影技術、俳優たちの演技、音楽とどれをとってもダメなところがないのである。シンプルなストーリーの中に、アクションのダイナミズム、人間や社会というものの脆弱さと素晴らしさ、ユーモアなど今日にも通じるテーマをいくつも盛り込んで重層的に描いていく。とにかくつべこべ言わずにとにかく観るべき映画なのは間違いない。そして一度観れば終わりと言うことはなく、何度も観るに値する映画なのだということも言っておきたい。何回観ても面白いし、観るたびに新たな発見があるし、繰り返し観ないとわからない部分があるのもこの作品の素晴らしいところである。とにかく、大スクリーンで観るチャンスがあるのなら、絶対に観逃してはいけないと言うことです。

    追記:今回観て新たに思ったことは「稲葉義男さんの扱いはもう少し丁寧にするべきだったんじゃないかな」です笑

    2025年10月22日 @池袋グランドシネマサンシャイン シアター2

  • グレン・パウエルも出ていてビックリ!『ドリーム』米宇宙計画を支えた黒人女性たち

    『イミテーション・ゲーム』とか『黄金のアデーレ』とか、あと『アポロ13』など実話ベースの映画が大好きで、時々意味もなく観たくなるのですが、今回、Blu-rayを購入していたのになぜかこれまで一度も観ていなかった『ドリーム』(2016年)を観てみました。

    もちろん2017年の日本公開時には劇場で鑑賞し、とても感動したからBlu-rayを買ったのですが、細かいところは忘れているところもかなりあったので、新鮮に鑑賞することができました。

    米ソが宇宙開発競争を繰り広げていた1961年。NASAで働く黒人女性グループのキャサリン、ドロシー、メアリーはそれぞれ実力も向上心もありながら人種差別的な職場環境に苦しんでいた。ある日、宇宙特別研究本部の計算係に抜擢された数学者のキャサリンは、その実力で上司のハリソンに認められ、マーキューリー計画の重要な計算を任されるようになるのだが…。

    人種差別、女性差別が当たり前だった時代に、自らの意志と努力によって運命を切り拓いた人たちの物語なので、観ていて爽快だし、話の筋や結末を知っていても、その展開を息を呑んで見つめてしまう、実に素晴らしい作品だと再認識。

    まず、主人公3人の俳優、タラジ・P・ヘンソン、オクタヴィア・スペンサー、ジャネール・モネイが何といっても素晴らしい。この3人それぞれの個性が立っていて、尚且つ3人の芝居のアンサンブルが実に見事。車が故障して3人が掛け合いをするファースト・シーンから、すぐに物語の波に乗ることができる。脚本や演出もツボを心得ていて、登場人物や物語の進行に混乱が生じないように要素のバランスがうまく配慮されているのも素晴らしい。

    そしてこの3人と共に、作品のキーパーソンとなるのが上司ハリソン役のケビン・コスナー。常に冷静だが、プロジェクトの達成に集中するあまりに周りが見えなくなるタイプの男を、肩の力を抜いた感じで演じていてすごくいい。彼がキャサリンにオフィスから近いトイレを使ってもらえるように白人専用の看板を破壊するという印象的なシーンがあるのだが、その時の彼のセリフが吹き替え版では「NASAでは全員が同じ色だ」となっている。一方字幕版では「NASAでは小便の色は同じだ」となっていて、言わんとするところは同じだがニュアンスがちょっと違っているのだ。吹き替え版はキレイな表現だけど、字幕版の方がずっと彼の心情に寄り添った“本音”感があって好きでした。

    あと今回再鑑賞して驚いたのが、何とグレン・パウエルが出演していた!と言うことです。この映画の日本公開当時(2017年)はまだ『トップガン/マーベリック』(2022年)は公開されていなかったので、我々は彼を全く認識できていなかったのだが、マーキュリー計画のパイロットという重要な役で、出番も結構あってメインキャストとしっかり絡んでいるし、今見るととても印象的な演技をしていた。そして当時からコクピットが似合う役者だったということを発見できた。

    さらに、これはすっかり忘れていたことだが、キルステン・ダンストマハーシャラ・アリも出ていました。キルステンは主人公たちの上司となるNASAの白人女性を嫌味たっぷりに演じていてお見事。マハーシャラはキャサリンと出会い、恋をする軍人役で彼もまた『グリーンブック』(2018年)より前の出演になるので、当時はまだそんなに知られてはいなかっただろう。そう考えるとこの映画は今やかなりの豪華キャストによる作品になっていますね。

    『ドリーム』(2016年製作 2017年日本公開 監督:セオドア・メルフィ) Blu-ray鑑賞 20世紀フォックス ホーム エンターテイメント ジャパン

  • 今、3D映画を観る意義はあるのか?『トロン:アレス』

    久々に3Dの映画を観た。この映画はIMAXとか4DXとかDolbytheaterとかさまざまなフォーマットで公開されているが、なぜかIMAXだと自動的に2Dになるらしく、仕方ないので通常シアターの3D版を見ることにした(サイズはシネマスコープ)。3D映画は一時期数多く製作・公開されたが、今やすっかり下火になってしまった。かく言う僕自身も3D映画を観るのは『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』(2022年 監督:ジェームズ・キャメロン)以来なので3年ぶりか。とにかくこの映画には3Dが合っているという予感がしたのだ。

    ちょっと昔話。インベーダーゲームの波が襲来したとき、僕は中学生だったので、その洗礼をモロに受けた。しかし、ほぼ同時期に受けたYMOからの影響の方が遥かに大きかったので、コンピューターゲームには周りの友人たちほどハマらなかった。誰が作ったかわからないプログラムよりも、顔が見える細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏の作ったものの方が信頼度が高く共感し易かったのだと思う。根がアナログなのである。

    コンピューターゲーム・ブームの潮流の中で製作・公開された『トロン』(1982年 監督:スティーブン・リズバーガー)は、世界で初めてコンピューター・グラフィックスを全面的に導入した作品として話題となり、当時映画館にはインベーター・ゲーム小僧たちがわんさか押し寄せた。僕もその中のひとりだったが、CGによるキャラクターのデザインや、サイバー世界でのバイクによる対決などのビジュアルの鮮烈さに比べて、肝心のお話の方は何だか魅力がなくて、ほぼ記憶から抜け落ちてしまった。

    2010年公開の続編『トロン:レガシー』に関しては、観たことは観たのだが、ほぼ記憶から消失してしまっていて、かろうじて覚えているのはダフト・パンクの音楽はすごく良かったということぐらいか。まあそんな感じの映画だったということだろう。

    前置きが長くなった。新作『トロン:アレス』である。大して面白いという印象もないこのシリーズを、なぜ律儀に公開初日に観に行くのか?それは兎にも角にも“インベーダー・ゲーム世代”だから、に他ならない。ゴジラや007の新作を「観ない」と言う選択肢がないのと同じで問答無用で映画に「呼ばれている」感じがします。『スター・ウォーズ』や『ワイスピ』も同じ。

    ある企業が開発した「AI戦士を実体化する」プログラムが暴走し、サイバー世界の存在たちが現実世界に侵食し始める…という物語で、まあ身も蓋もない言い方をすれば「何回やってんだよ、このパターン」である。だが、その映像表現はやはり進化著しく、アップデートの出来栄えを確認するに値する完成度だ。特にトロンに登場するお馴染みのバイクが走り回るチェイス・シーンや、ホッチキスの針みたいな形の(笑)浮遊メカの戦闘シーンなどはさすがというほかない。

    主人公のAI戦士“アレス”役を演じるのはジャレッド・レト。彼の何を考えてるか全くわからないような表情が、とてもこの役に合っていて、その目が時に悲しみをたたえたりするのが何とも素晴らしかった。記号的なキャラクターばかりで印象に残らないこのシリーズの中で、最も“血の通った”キャラクターなのではないかと思うほどだ。

    この作品はシリーズ3作目だが、全2作を観ていなくても問題なく、完全新作のストーリーとして楽しめるのがまずいい。最近のアメコミ映画などは、よくわからない設定やどこから出てきたのかわからないキャラクターが突然出てきたりして「は?」となって真面目に観る気が失せる作品が多いが、とにかくこの作品は単独で楽しめる。むしろ前2作を観ていないなら、その方がより楽しめるかもしれない。

    そして、3Dで観た意味があったか?と言うことだが、答えは「あった」である。巻頭のディズニー・マークから始まり(笑)、トロン・バイクの疾走感や、浮遊メカの巨大感など3D映画としての醍醐味は十分堪能できる。IMAXと見比べてはいないのでどちらががいいかは断言できないが、作品世界への没入感、物体が奥行きを持ってスピーディに動く爽快感はかなりあって、アトラクション・ムービーという、この手の映画の楽しさを久しぶりにたっぷり味わえました。

    最後にボヤキを一つ。以前、3Dメガネを持参して映画館に行った時、入り口で「この古いメガネでは観られません。IMAX Laserというハイグレードの3Dメガネが必要です」と言われてその場で購入し直した。そうしたら今回は「IMAX Laserのメガネでは観られません。売店でメガネを買い直してください」とまた言われてしまった。今度は「REAL 3D」のメガネじゃないとダメらしい。全く今までこんなことを何回繰り返したのだろうか。たかだか200円の話だけれど、3D映画を観る度にこんな調子だと、みんな敢えて3D映画を観に行こうという気にならなくなっちゃうんじゃないのかな。

    『トロン:アレス』2025年 監督:ヨアヒム・ローニング 2025年10月10日@TOHOシネマズ日比谷 スクリーン9 3D版