投稿者: ハイアムズ

  • 全編IMAXカメラ撮影。上映時間2時間42分。『ワン・バトル・アフター・アナザー』は本当にすごいのか?

    ポール・トーマス・アンダーソン監督の最新作ということで、楽しみにしていました。この監督の作品はすごく好きなものもあるし、ん?と思うものもあるのですが、無視することはできない監督です。極力事前情報を入れず、予告やTVスポットなどの映像も見ずに、期待しながら映画館へ向かった。

    レオナルド・ディカプリオ演じる元革命家のボブは、娘・ウィラと共にその素性を隠して平凡な生活を送っていた。だがある日、娘が何者かにさらわれてしまい、さらに過去に因縁のある軍人のロックジョー(ショーン・ペン)がボブの逮捕に動き出す。果たしてボブはロックジョーの追跡を逃れ、娘を取り戻すことができるか?というストーリー。

    最初はシリアスな革命ものかと思ったら、途中から逃亡劇になり、犯罪サスペンスというか抗争劇みたいになり、さらにコメディ色も強くなる。面白いんだけどこれではポール・トーマス・アンダーソンというより、クエンティン・タランティーノの映画みたいになっていった印象。

    上映時間は2時間42分。次々に展開があるので長くは感じないのだけれど、これだけの尺が必要な内容かと言われると、まあ2時間に収めようと思えばできるんじゃないかな、という感じだった。ポール・トーマス・アンダーソンの映画だと思うから多少構えて観ちゃうけど、知らない監督の作品だったら「長い。2時間にできるでしょ」って言っちゃうんだろうな。

    またこの映画は全編IMAXカメラで撮影されていて、僕が観た池袋の劇場ではIMAXのスクリーン(1.43:1)をフルに使った上映だった。確かに迫力も物語への没入感もあるのだけれど「これ本当にIMAX撮影必要だったのかな」と思ってしまった。たとえば『アバター』とかクリストファー・ノーランのような作品ならIMAXで撮って上映する意義ってわかるんだけど、こういう抗争アクションみたいな作品って、シネスコなりビスタなりの計算された画角でキッチリ撮った方がスタイリッシュで効果的なんじゃないの、と思ってしまった。

    ケチばかりつけて申し訳ないけど(笑)、軍人ロックジョー役のショーン・ペンと、ボブの逃亡を手助けする男を演じたベニシオ・デル・トロのキャスティングなんかも“いかにも”すぎて全然意外性がない。一時期、悪役と言えばデニス・ホッパーとか、ジョン・マルコビッチとか、クリストファー・ウォーケンとか、ゲイリー・オールドマンとかがキャスティングされて「またかよ、捻りがないな」「そのパターンはもう観た」と思っていたけどそんな感じだった。

    他にも色々不満はあるんだけど、それもこれも期待値が高い監督の作品だからなんですよ。ポール・トーマス・アンダーソンといえば、『ブギーナイツ』(1997年)や

    『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007年)や

    『ザ・マスター』(2012年)の監督ですからね。

    これらは全部素晴らしかったし、彼にしか作れない映画だった。映画ファンはみんな、その監督にしか作れない映画を作ってほしいんですよ。それができる立場の人なんですから。

    あと最大の不満を最後にもう一つ。この映画『ワン・バトル・アフター・アナザー』、タイトルがおぼえられないんですよ!最近の洋画は本国の意向で「原題そのままで」にしなければならないのが基本らしくて、昔の『愛と青春の旅立ち』とか『愛と悲しみの果て』みたいな邦題はもう付けちゃいけないらしいです。でも『ワン・バトル・アフター・アナザー』ですよ?来年この映画のタイトルをどれくらいの人が正確に思い出せるだろうか?僕なんかここ数日この映画のことを何度も『バーン・アフター・リーディング』って言っちゃってたし。

    2025年10月6日 @池袋グランドシネマサンシャイン シアター12

    ↑全然別の映画なのになんか似てる感じがするのは僕だけですか?

  • Netflix版『新幹線大爆破』待望の劇場上映なのになぜか日本語字幕版の違和感

    Netflixで4月に配信スタートした樋口真嗣監督によるリメイク版『新幹線大爆破』は、配信映画ではあるが大スクリーンに相応しい迫力満点の内容で「これは映画館で観たかったな」と思った人も多かったのではないだろうか。

    視聴者の高い評価が後押しとなり、恐らく年末にかけて選出される各映画賞ノミネートの可能性が大いにあると踏んだ製作サイドが、ここに来て2週間の限定劇場公開に踏み切ったようだ。配信作品であっても2週間、映画館で公開された実績があれば映画賞ノミネートの資格が得られるからだ。

    と言うわけで、ファンにとってはありがたい劇場鑑賞のチャンスが訪れた。ただし劇場は東京・調布と大阪・心斎橋の2ヶ所のみ。調布は遠いけど、これを逃したら樋口版『新幹線大爆破』を大スクリーンで堪能するチャンスはないかもしれないと思い、公開初日のチケットを取った。

    当日、何年振りかの利用となる京王線に乗り継いで調布へ向かい、劇場へ到着。中に入ると上映シアターは老若男女で満員、かなりの熱気である。いよいよ待望の上映が始まり、ワクワクしながらスクリーンを見つめていたら、「ん?」となってしまった。なんと俳優たちのセリフに日本語字幕が表示されているではないか。

    洋画なら日本語字幕はわかる。耳の不自由な方向けに日本映画の日本語字幕がつくこともある。しかし通常の上映で日本人が話す日本語に日本語字幕がつくのは極めて稀である。当然ホームページや上映スケジュールにもそんな事前アナウンスや記載は一切なかった

    しばらくそのまま映画を観ていたが、まあはっきり言って画面がうるさくて見にくい。他のお客さんが不満を言うかと思ったら意外と無反応で、抗議に行こうとしている感じはない。僕も「ひょっとしたら途中から字幕なしに切り替わるか、上映をやり直したりするのかな?」と思っていたが、映画はそのまま進み日本語字幕がついた状態で上映は終わった。見終わった人たちは「何で日本語字幕?」などと言っている声はあったが、憤って劇場スタッフに抗議に行くというような感じではなかった。

    結論から言うと、どうやら上映素材がなぜか日本語字幕が付いたバージョンしかないらしいのだ。なので心斎橋でも日本語字幕付きで上映しているらしい。翌日からはホームページのスケジュールにようやくその記載が付いた。「だったら先にそう言えよ」である。

    今回の上映についてXなどの反応を見たら「専門用語が多いから字幕があって逆によかった」と言っている人もいた。今や日本映画でも日本語字幕をつけて倍速で見たりする人もいるらしいから、日本映画に日本語字幕がついても気にしない人が大多数なのかもしれない。

    しかし、しかしである。僕は樋口真嗣版『新幹線大爆破』のスクリーン上映を楽しみにしていたし、日本語字幕のない通常の状態で画面のすみずみまでこの映画を味わいたかった。そのためにわざわざ調布まで出かけたのだ。そして声こそ上げないけど僕の他にもそう言う人はたくさんいたはずだと思っている。「日本語字幕版」で上映されることを知っていたら、僕はわざわざ調布にまで足を運ばなかった

    今回僕がショックだったのは、この映画の製作・上映に関わっている責任ある立場の人は「別に日本語字幕付いてったっていいでしょ」と思っていたということだ。そして観客の多くが「日本語字幕版」の上映に対してあまり不満を感じていないということも。

    僕は地上波の情報番組やバラエティのようにどぎつい色で上にも下にも横にも入る字幕スーパーはうるさいと思う方だ。映画においても過剰な情報は作品の純粋性を邪魔するノイズだと思っている。でも多くの人たちにとっては日本語字幕がつくくらい、気にするようなことではないのだろう。だが僕はおかげで大好きなこの作品の貴重な劇場上映を全く楽しむことができず、何だかモヤモヤした1日になってしまったのだった。

    Netflix版『新幹線大爆破』(2025年 監督:樋口真嗣)2025年10月3日 @イオンシネマシアタス調布 スクリーン5

  • ウラジミール・コスマのコンプリートCD BOXを買う

    フランスの作曲家にして数々の映画音楽を手がけたウラジミール・コスマのコンプリートCD BOX「40 Bandes Originales Pour 40 Films/VLADIMIR COSMA」(CD17枚組)を買ってしまった。万超えの痛い出費だったが、この手のサントラはタイミングを逃すとすぐに売り切れてしまったり、プレ値がついてとても手が出せなくなったりして「あ~あの時やっぱり買っておけば良かった」と後悔することも多いので、今回思い切って購入することにした。

    そもそもコスマとの出会いは僕が小学生のとき。当時僕の住んでいた岩手県では民放テレビ局が2局しかなく、そのうちの1局で、東北本線の特急の予約状況を毎日流す5分番組があった。確か夕方、学校から帰った16時55分頃からの放送で、その番組のBGMに使われていたのがコスマの曲だった。その時は毎日流れてくる曲だったので聴くともなしに聴いていたのだが、ユニークな音色で覚えやすいメロディだったので印象に残っていた。

    それから何年か後にテレビの映画放送(月曜ロードショー)で『ニューヨーク←→パリ大冒険』(1973  監督:ジェラール・ウーリー)というコメディ映画を見始めたら、あの特急予約情報番組の音楽が流れてくるではないか!そこで僕はあの音楽は元々映画のテーマ曲だったことを知ったのだ。

    https://youtu.be/5AIC5oVjNxE?list=RD5AIC5oVjNxE

    この映画はコメディ映画として最高で、とにかくストーリーと軽快で楽しい音楽との一体感が素晴らしかったので、僕の記憶に深く刻まれることになったのだ。(残念ながらこの作品は、リバイバル上映やDVD Blu-ray発売などが一切なく、日本語字幕や吹き替えのついたバージョンで今観ることはできない。字幕なしのオリジナル版なら何とかネットで観られますが…)

    https://youtu.be/5zq0_x77aAE?list=PLC3fHRCo94sd0_0squw6Z8zyjQxilWnAt

    その後、高校時代にソフィー・マルソー主演の『ラ・ブーム』(1980 監督:クロード・ピノトー)、大学時代に『ディーバ』(1983 監督:ジャン=ジャック・ベネックス)を観て素晴らしい音楽だな~とは思っていたけど、『ニューヨーク←→パリ大冒険』の作曲家とは結びついていなかった。そもそも『ラ・ブーム』と『ディーバ』は両方サントラCDを買っていたのだが、この2作の音楽が同じ人だということにすら気づいていなかった。

    https://youtu.be/rSHJRJYqIrM?list=RDrSHJRJYqIrM

    そして時は流れてYouTube時代となり、古今東西のあらゆる映像が簡単に見られ、しかもユーザーの好みまで勝手に探られてしまうようになり、ある日お勧め動画に何とコスマのコンサート映像が流れてきた。それはフル・オーケストラに合唱隊までついた豪華な編成で7分にも渡る組曲『ニューヨーク←→パリ大冒険』の演奏映像で、もちろん指揮はコスマ本人。僕は本当に涙が出るほど大感動した。日本ではあまり知られていないこの作品の音楽が、本国ではたくさんの人に愛されている楽曲なのだということが伝わってきてすごく嬉しくなり、このコンサート映像をもう何度観たかわからない。

    https://youtu.be/NU3cLoe4KkY?list=RDNU3cLoe4KkY

    すると俄然コスマのことをもっと知りたくなり、色々調べ、動画も漁ったところ、『ラ・ブーム』『ディーバ』と同じ音楽担当だったという衝撃の事実をようやく知ることになったのだ。となるともう止まらない。YouTubeでコスマの担当した映画音楽を片っ端から聴いてみると、もう僕好みの音楽ばかりなのである。基本的にはコメディが多いので楽しい曲が多いが、繊細な曲や格調高い曲もあってその振り幅に遅ればせながら感銘を受けるのだった。コスマの名を知らない人も『ラ・ブーム』の主題歌♪REALITYは聴いたことがあると思うのでぜひ検索してみてください。

    さらに調べてみると、コスマは『シェルブールの雨傘』『ロシュフォールの恋人たち』で知られる音楽家ミシェル・ルグランと出会ったことをきっかけに映画音楽の世界へ傾倒していったらしい。僕はルグランも大好きだなので、自分の好みの傾向が似ているのもよくわかりました。

    ということで、とにかくコスマの作った音楽を全部聴きたくなってしまった。しかし日本版として発売されているCDはごくわずかなので、その多くは輸入盤に頼るしかない。コスマのCDは輸入盤ならまだ日本でも比較的入手しやすい方だと思うが、それでも日本で公開されていない映画のサントラを一つずつ探すのにはまあ手間がかかる。そこで思い切ってコンプリート CD BOXを購入することにしたのだが、当然の話、フランスの商品なのでジャケットやライナーノーツの表記が全部フランス語である。当然読めない。作品タイトルくらいは絵柄などをみて判断できるが、かなり詳しく記載されていて資料的価値も高いと思われるライナーノーツが読めないのはすごく残念。

    さらに愕然とする事実が判明。このBOXには僕のお気に入りの作品『ムッシュとマドモアゼル』(1977 監督:クロード・ジディ)や

    https://youtu.be/GCrPwQAKb08?list=PLM3G0aTEFKMEVbUMu40VpreVBxyOzx8Gh

    『エースの中のエース』(1982 監督:ジェラール・ウーリー )の

    https://youtu.be/9uXQQzccLAI?list=RD9uXQQzccLAI

    サントラが入っていなかったのだ!実はこのCD BOXには「2」があり、『ムッシュとマドモアゼル』や『エースの中のエース』は「2」のほうに収録されているのだ。そりゃコスマは生涯150本以上の作品の音楽を手掛けているのだから、CD BOXも一つじゃ収まらないよな。トホホ、また万超えの出費である。


    輸入盤CD BOX 40 Bandes Originales Pour 40 Films/VLADIMIR COSMA 

    ↑後日「2」も買いました(泣)

  • 今年度ミステリーランキングを席巻するか?『失われた貌(かお)』

    今年も下半期に入って年末のミステリランキング上位を狙った、各社イチオシの作品が出回る季節になってきた。伊坂幸太郎、恩田陸、米澤穂信という人気作家の絶賛コメントを帯に踊らせ、レースの先頭集団に一番乗りしたのがこの作品だ。『王様のブランチ』などのメディアでも大きく取り上げられ、書店の扱いも派手なので、今年の出版界の『鬼滅』か『国宝』になるのかな?と思い、普段文庫派の私も単行本を購入、読んでみることにした。

    顔を潰され、歯を抜かれ、手首を切り落とされた死体が山奥で発見された。県警媛上署の日野は部下の入江と共に捜査に取り掛かるが、時を同じくして新たな殺人事件も発生。無関係に見えた出来事が絡み合い、現在と過去を飲み込んで事件は思いがけない方向へ膨らみ始める…というストーリー。

    本格警察小説と言っていいだろうか。ヒラリー・ウォーの小説のように、地道な証拠集めをコツコツと積み上げ、真相に迫っていく様が緻密だし、市を跨いだ共同捜査の様子もリアル。登場人物たちも個性豊かで、ちゃんと血の通ったキャラクターとして機能しており、まずはエンタメ作品として素晴らしい完成度だ。

    (以下少しネタバレ注意)ただ、気になるのは事件の肝となる重要なトリックと、人間ドラマの山場の一つが、それぞれ有名な名作推理小説のそれとかなり似ているという点だ。まあ世にこれだけの作品が出回っているので、完全にオリジナルなネタだけで作品を書くというのは不可能だろうが、それにしても似ている。もしかしたら著者も、あの有名な2作品のことが好きで、オマージュのつもりでネタを被せたのかもしれないが、ちょっとそこに関しては残念だった。

    ただ、先に触れた通り登場人物たちのキャラがとても立っているので、この登場人物たちの活躍をまだまだ見てみたいという気になった。ぜひシリーズ化してほしいし、これで年末のベストミステリにランクインしたら間違いなく映像化されるであろう。もし映像化されたらこのキャラクターたちをどんな俳優が演じるのか?ということも想像しながら読むのも一興だ。

    主人公日野役は、西島秀俊とか堺雅人がいいと思うけど彼らはもう50代だからね。40ちょいくらいでピッタリの役者ってなかなか思い浮かばない。松下洸平とか中村倫也があと5年くらい経てばピッタリになるかもしれない。個人的な希望として、部下の入江役だけはぜひ吉岡里帆にお願いしたいけど、こっちは5年経ったら合わなくなるか笑。そしてバー〈ブールバード〉のマスターはオダギリジョー一択だ。

    書籍『失われた貌(かお)』新潮社(著:櫻田智也)

  • 30年の時を超えてついに開かれた扉(笑) 壮大なSF叙事詩『ハイペリオン』

    この本の単行本が日本で出版されたのは1994年のこと(本国は89年)。僕は確かその翌年に購入し、二段組500ページ超えの分量に圧倒されて、以来30年も本棚に眠らせていたが、長年のやり残した思いを叶えて今月ようやく読むことができた。まるで劇中のコールドスリープ(全然違うけど笑)のような体験だ。

    SFファンならその名を知らぬものはいない金字塔的な作品で、ヒューゴー賞&ローカス賞を受賞し、日本出版当時も作家の椎名誠さんらが絶賛し話題となったこの本。

    恒星間の瞬間移動が可能となり、200以上の惑星が連邦制の元に統一された28世紀。辺境惑星ハイペリオンにある、時間を逆転させる力を持つ謎の建造物“時間の墓標”の膨張が始まり、時を同じくして宇宙の蛮族“アウスター”がハイペリオンへの侵攻を開始する。連邦は“時間の墓標”の謎を解明するため7人の使者を巡礼としてハイペリオンへ派遣した…と、あらすじを聞いても何だかわかったようなわからないようなストーリーである。まあなんせ「千古の謎を秘めた辺境惑星に展開する壮大なるSF叙事詩」(単行本帯コピーより)なのでわかりやすく一言で説明するのは不可能なのだ。

    作中には「これは94年に読んでも理解するのは難しかったかもしれないな」というようなテクノロジーや設定がバンバン出てきて、まずそれを理解・イメージするのが大変。最近になってやっと“AIの人格”とかいうものもイメージできるようになってきたのでなんとか大丈夫だったが、まあなかなかの難易度である。

    時間の墓標へ向かう道中で領事・司祭・兵士・詩人・学者・探偵・船長といった7人の使者が、それぞれこの巡礼に参加することになった経緯を順番に語っていくという全体構成で、それぞれが独立したエピソードとして展開。そのジャンルも、ミステリー、戦争アクション、恋愛ものなど多岐に渡り、さらにそれぞれの話が持つ情報量も半端なくて、まずはお話についていくのに一苦労。まあ一筋縄ではいかないのだ。

    そしてこれはネタバレにはならないと思うが、実はこの物語は4部作で、この1冊を読んだだけでは完結しない。こ~んなに長い1冊を読み終えてもまだ導入部に立ったばかりなのだ。乗り掛かった船なのでなんとか航海の終わりまで見届けたいと思うが、まあとにかく「よくこんな話を思いついたな」と、作者ダン・シモンズの生み出した壮大なイマジネーションに圧倒され続ける1作だ。

    書籍『ハイペリオン』早川書房(1989年 著:ダン・シモンズ)

  • 『赤い糸 輪廻のひみつ』映画と出会うチャンスの大切さについて考える

    この作品は2011年公開、台湾青春映画の大傑作『あの頃、君を追いかけた』の脚本・監督であるギデンズ・コーによる純愛冥界ファンタジー映画です。日本では2023年の年末に公開されたのだが、そもそも作品の存在をちゃんと認識できていなくて、さらに公開規模がかなり限られていたので劇場鑑賞するチャンスに恵まれず、先日ようやく池袋の名画座・新文芸坐で鑑賞することができた。

    まず驚いたのは、封切りから約1年10ヶ月も経っているのにキャパ246席がほぼ満席当日チケットの券売機には行列、リピーターらしき人もたくさんいてロビーや物販コーナーも大混雑である。僕はチケットを前日に予約購入したが、その時点で観やすい席はほぼ埋まっていたのでびっくりしたのだが、想像以上の大入りであった。老舗名画座である新文芸坐ではここ数ヶ月、月に何度かこの作品を定期的に数日間上映していて、それはもちろんお客さんがたくさん入るからに他ならないけれど、封切りから2年近い歳月が経っているにも関わらず、なぜこの作品の灯は消えず静かに熱く燃え続けているのだろうか?

    落雷で命を落とし冥界にやってきた青年シャオルンは、同じく冥界にやってきたピンキーと共に“月老(ユエラオ)”として現世で人々の縁結びをすることになる。ある日二人の前に1匹の犬が現れたことから、シャオルンは失っていた記憶を取り戻す。それは初恋の相手シャオミーとの果たせなかった約束のことだった。

    物語はやや複雑で台湾の宗教観とかがわかっていないと理解できない部分も多々あるし、『あの頃…』でもあったことだがあまり本線と関係ないと思われる要素が結構ゴチャゴチャと入ってくるので混乱する。ただ本線であるシャオルン役クー・チェンドンシャオミー役ヴィヴィアン・ソンの演技はとにかく素晴らしく、二人の純愛パートは『あの頃…』同様感動的で見入ってしまう。ギデンズ・コーはいささか思い入れ強すぎな部分も含めて、愛すべき映画をまた1本作ってくれたなと思うけれど、今回そんな僕自身の感想は控えめにしておこうと思う。なぜならそんなことよりも興味深い情報を映画鑑賞後に知ったからだ。

    そもそもこの作品は2021年に台湾で公開されたが、日本の大手の配給会社はこの作品に手を出さなかったそうだ。そこにはおそらく大手各社の「ヒットは難しい」という判断があったものと推察されるが、そこで「このままでは日本でこの作品を見られなくなってしまう」と思いに突き動かされた、ほぼ個人の台湾映画社さんと、こちらもほぼ個人の台湾映画同好会さんが協力して配給権を獲得、劇場公開にこぎつけたという経緯がある。当然大手に比べたら公開規模も宣伝も大きくは展開できない。私のような普通の映画ファンにすらなかなか情報が届かず、上映劇場も多くなかったのはこういう背景があったからだ。

    さらにここまで劇場公開でロングランしているのは、2023年末の日本劇場公開以来ソフト化も配信もされていないから、いう事情もある。実はDisney +が世界配信権を持っているらしいのだが、台湾以外の国の配信をしていないらしく、さらに権利上の問題からソフト化もできないということらしい。つまり今、日本でこの作品を楽しむには映画館に観に行くしかないのだ。

    「映画館でしか観ることができない」というのは、それはそれで美徳でもあるだろうが、それによってこの作品を観たいと思っている圧倒的に多くの人が観るチャンスを得られないでいる、ということもまた然りである。

    この映画でシャオミー役を演じたヴィヴィアン・ソンが主演した『私の少女時代』(2015年 監督:フランキー・チェン)という台湾映画がある。僕はこの作品を日本公開時に劇場で観てとても気に入って、ぜひBlu-rayを買いたいと思っていたが残念ながらDVDのみの発売しかなく、それもあっという間に売り切れて再販もなく、激高プレ値がついて入手困難になってしまった。以来僕はこの作品を観られないでいる。多分このままだと、僕は一生2度とあの素晴らしい映画を観ることはできないだろう。好きな映画がこういう状況になることがたまにある。

    今や私たちは劇場公開→ソフト発売→配信という流れの中で、より自分の生活スタイルに合った方法で古今東西ほとんどの映画を楽しめるようになった。けれど、この便利で巨大なシステムの中で、不便を強いられている(この場合は観たいと思っている人に作品が届けられないこと)作品や会社もあるということを忘れないようにしなければならない。

    それにしてもこの作品を個人の力で配給してくれた方たちには本当に頭が下がる。そして文芸坐や各名画座をはじめとする、この映画を観るためのチャンスを長く繋いで行ってくださっている方々にも。私たちは映画が好きなだけで何もできないけれど、皆さんがチャンスを作ってくださったおかげで「自分にとって大切な1本」に劇場でまた出会うことができています。

    『赤い糸 輪廻のひみつ』監督:ギデンズ・コー(2025年9月22日@池袋 新文芸坐)

    もしチャンスがあればこちらの2作もぜひ。

    ↑公開当時、若者たちよりオヤジたちが号泣していると言われていました。私もエンドロールが終わって劇場を出る時、顔がグショグショで恥ずかしかった

    ↑この作品が2度と観られないなんて悲しすぎる。ぜひブルーレイ発売を!

  • ついに閉館してしまう盛岡ピカデリーの思い出

    ネットニュースを見ていたら『盛岡ピカデリーが2025年10月26日で閉館』というニュースが目に入った。老舗映画館がなくなっていくのは、ある程度仕方がないことではあるが、実に寂しいものである。というわけで僕個人の思い出をつらつらと書き残しておこうと思う。

    岩手県庁方向から向かうと、映画館が軒を連ねる“映画館通り”の入り口に位置するのが盛岡ピカデリーだ。客席数は176席。今やシネコン時代となったので、100席前後のシアターは普通になったが、僕が初めてこの劇場を訪れた頃は「ずいぶん小さい劇場だな」と思ったものだ。今では考えられないが1977年ごろの盛岡の映画館はどこも2階席があるくらい大きかったのだ。地上から暗い階段を降りてチケット売り場でチケットを買い、さらに地下へ降りていく穴倉のような劇場はなかなか怪しくて、そのいかがわしいような雰囲気が逆にワクワク感をそそるところもあった。

    初めてピカデリーで観たのは1977年の春休み『ピンクパンサー3』(監督:ブレイク・エドワーズ)と『ネットワーク』(監督:シドニー・ルメット)の2本立て。僕は当然人気コメディシリーズの『ピンクパンサー3』目当てで見に行き、実際最高に面白かったのだが、同時上映の社会派サスペンス『ネットワーク』もすごく面白かった。当時僕は中学に上がる直前でまだガキだったので、多分単独上映だったら『ネットワーク』は観に行っていなかったと思うが、米・テレビ界の裏側を描いたこの映画は当時の僕にとっても実にわかりやすく、衝撃的な内容で心に残った。こういう作品と出会えるのが2本立てのいいところである。

    さらに心に残っているのが1978年のお正月映画『オルカ』(監督:マイケル・アンダーソン)と『カプリコン・1』(監督:ピーター・ハイアムズ)の2本立て。リチャード・ハリス主演の海洋パニックアクション『オルカ』は、物語も良かったけどエンニオ・モリコーネの音楽が人間に家族を殺されてしまったオルカの哀しみを繊細に表現していて心に沁みた。一方、世界初の火星有人探査ロケットを巡る陰謀を描いた『カプリコン・1』はそのサスペンス演出とクライマックスのスカイ・チェイスが実にカッコよく、さらにジェリー・ゴールドスミスの音楽も最高で、映画を観ることの喜びを堪能させてくれた。この2作は生涯忘れることのできない「最高の2本立て」体験として記憶に刻まれている。

    そして忘れもしない1978年の夏休み、『さらば宇宙戦艦ヤマト』を観たのも盛岡ピカデリーだった。当時座席の事前予約などというものはなく、その映画を観るためには当日チケット売り場に並ばなければならなかった。この時はピカデリーの地下階段から行列が地上の表通りまでのび、さらに県庁方向までぐんぐん伸びていった。僕は行列に並びながら「これは映画館に入れるのだろうか?」と不安になったものだ。なんとか前の方の座席を確保することができて無事に映画を観ることはできたが、今や考えられないほどの立ち見客が後方や通路に溢れて、2時間31分もの長尺映画をみんな固唾を飲んで見入っていた光景は忘れられない。観終わって劇場を出ると、次回のチケットを購入しようとする人たちがたくさん並んでいた。どうやら僕たちの観た回が札止めになり、並んでいた人たちがそのまま次回上映のチケットを買うために並んだらしい。つまりこの人たちは次の回の『ヤマト』を観るために2時間31分も並んでいたのである。僕は「大ヒットというのはこういうことなのか」とこの時目の当たりにしたのだ。

    その後もピカデリーでは『勝利への脱出』『ガンジー』『ハイ・ロード』『コナン・ザ・グレート』など80年代の思い出深い映画をたくさん観させてもらった。

    僕が最後に盛岡ピカデリーを訪れたのは、上京し社会人になってだいぶ経ってから。『スイングガールズ』(2004年 監督:矢口史靖)の公開時に、生ガールズたちが来場して演奏するという試写会イベントがあったのだ。「あんな狭い映画館に十何人もの楽器を持った女の子が登壇して演奏なんかできるの?」と思ったが、実際久しぶりに劇場内に入ってみると意外と狭くなかった。昔は大劇場ばかりだったのでピカデリーを小さく感じていたけど、今や176席の映画館は中規模クラスの普通のシアターである。舞台挨拶も演奏も(まあちょっとだけ狭そうだったけど)滞りなく行われた。

    聞けば盛岡ピカデリーは2009年に不採算を理由に一度閉館したが、ファンの声によって1ヶ月後に営業を再開したらしい。今回の閉館は入居するビルの老朽化に伴った改修工事による5ヶ月の休業が、経営を圧迫すると判断されてとのこと。これまで本当にギリギリの中、映画ファンのために経営を続けてこられたのだなと感謝の念が尽きない。映写室にはDPCのみならず、今や貴重な35ミリ映写機も2台残されているとのことで、スタッフの皆さんの映画愛が伝わってきます。とにかく、56年間楽しい思い出をありがとう、お疲れ様でした。

    (9月24日の日記より)

  • 還暦オヤジ怒りの鉄拳!ドニー・イェン監督・主演『プロセキューター』

    チャップリン、キートン、ロイドの時代から、アクションは映画の基本であり最大の魅力だ。アクション映画はまさに私たちに“映画を観る喜び”を堪能させてくれるジャンルである。その“映画の魅力”を最大限に表現できる数少ない希代の映画スター、ドニー・イェン(62)の監督・主演最新作がやってきた。これは何をおいても観に行かなければならない。

    香港出身で今や世界中で活躍するドニー・イェンだが、僕がこの俳優の魅力に気づいたのはそんなに昔ではない。2016年『ローグワン/スター・ウォーズストーリー』の時だ。盲目のパルチザン、チアルートを演じていたドニーはハリウッド大作の国際的な俳優たちの中であっても、ただならぬ妖気をまとって作品の中で存在感を発揮し、流麗な動きで見るものを魅了していた。その後2021年の『レイジング・ファイア』でドニーの主演作を初めて劇場で鑑賞した僕は、年齢をものともしないキレキレアクションに圧倒され、すっかり大ファンになってしまったのだ。

    その後の『ジョン・ウィック/コンセクエンス』(2023年)などを経て公開された今回の主演作でドニーが演じるのは、警察を辞職して検事となったフォク。彼は貧しい青年キットがコカインの密輸事件で有罪を認めたことに違和感を抱き、検察内部の圧力と対立しながら陰謀を暴こうとするというストーリー。物語はシンプルでいかにも荒唐無稽だが、なんと実話がベースとのことで、ラストはまるで『アンタッチャブル』(1987年)のような爽快感が味わえる。

    そして言うまでもなくアクションシーンはもう凄まじく、普通の人なら30回は死んでるような激ヤバアクションを現在62歳のドニーは(もちろん他のキャストも)当たり前のように次々に見せてくれる。

    その昔、映画における格闘シーンの多くは「決められた動きを演じている」という印象のものが多かった。それはもちろん撮影現場や俳優たちの安全のために大切なことなのだが、観客としては「なんか段取りっぽいな」と思うこともしばしばだった。

    流れが変わったかな?と思ったのはマット・ディモンとポール・グリーングラス監督が組んだ『ボーン・スプレマシー』(2005年)あたりからだろうか。何が違うのかをうまくは説明できないが、とにかくこの作品のアクションは「段取りっぽくなかった」のだ。本当に登場人物同士が本気で闘っている感じがあったし、それを見せるカットワークも実に正確で効果的だった。

    明らかに革命的な変化があったのは『ジョン・ウィック』(2014年)だと思う。効果的にカットを割って見せていくそれまでの映画と違って、カットを割らずにアクションの流れを極力そのまま見せていく手法はそれまでの作品とは段違いの迫力で「スタントマンたちはみんなちゃんと生きているのか?」と思うほどだった。『ジョン・ウィック』シリーズを経て世界のアクション映画は変化し、その延長線で『レイジング・ファイア』や『トワイライト・ウォーリアーズ 決戦!九龍城砦』(2024年)、そしてこの『プロセキューター』のような作品たちが生まれていった感じがする。

    そして驚くべきことにこの作品のアクション監督は『はたらく細胞』の大内貴仁さん。『はたらく細胞』はワイヤーなどを使ったある意味ファンタジー的な派手派手アクションだったけど、今回は格闘中心のリアル志向な見せ方で実に素晴らしかった。

    さらにこの映画の感想として忘れていけないのは、我々世代には何とも懐かしい『Mr.BOO!/ミスター・ブー』(1976年)のマイケル・ホイが出演していることだ。彼は現在83歳とのことだが、衰えを全く感じさせないユーモラスな演技でしっかりと笑いをとっていて、作品に厚みを加えるのに一役買っている。香港映画の歴史を感じさせるナイス・キャスティングである。

    『プロセキューター』監督:ドニー・イェン(2025年10月3日 @池袋グランドシネマサンシャイン シアター7)

  • 元IZ *ONEキム・ミンジュ映画デビュー作『君の声を聴かせて』

    この作品のタイトルやポスタービジュアルの第一印象は、いかにも僕の苦手とする爽やかなラブストーリーで、まあ多分観ることはないだろうなと思っていた。なのになぜわざわざ公開初週に早速劇場に足を運んだかというと、その理由はただひとつ「キム・ミンジュが出演していることを知ったから」なのだ。

    『君の声を聴かせて』は、2009年の台湾映画『聴説』の韓国版リメイク。大学を卒業したものの、就職もせずに両親が営む弁当屋を手伝っているヨンジュンは、弁当の配達先で出会ったヨルムに一目惚れしてしまう。ヨルムは聴覚障害者ながら水泳のオリンピック選手を目指す妹ガウルを献身的に支えていた。ヨンジュンは大学で習った手話を通じてヨルムと心を通わせていくのだが…というストーリー。

    ヨンジュンとヨルムを演じた主演ペア、ホン・ギョンとノ・ユンソは実に爽やかで演技も素晴らしいが、この二人に負けず劣らずの魅力を発揮していたのがガウル役キム・ミンジュだ。彼女は、2018〜2021年までグローバルガールズグループ“IZ *ONE (アイズワン)”のメンバーとして活躍し、グループ解散後は女優としてドラマなどに出演しているが、商業映画に出演するのはこの作品が初。

    彼女はIZ *ONE 時代からその美しさには定評があったが、ステージパフォーマンスと映画で演技することや存在感を発揮することはまた違うスキルが要求されるので、実は「ミンジュは役者として大丈夫なのかな?」と少し心配していた。

    実は何を隠そう僕はIZ *ONEの大ファンだったので、グループ結成のためのオーディション番組やデビューしてからのVlogなどもマメにチェックしていた。IZ *ONEに選ばれたメンバーはそれぞれパフォーマンススキルがかなりのハイレベルで、当時ミンジュは歌やダンスの経験不足から、練習で他のメンバーについていくのが大変そうな時がちょくちょくあった。でも一転して本番のステージや完成したMVでは見事なパフォーマンスを見せてくれていたので、「ミンジュ頑張ったんだね〜(泣)」と親戚のように感動していたものだ。

    なので本格的な映画初出演となったこの作品での彼女を期待半分、心配半分で注目していたのだが、結論から言うと「そんな心配はまったく無用」だった。メインキャスト3人は手話での会話がメインとなるが、手話をしながら表情で感情を伝える複雑なシーンや、水泳選手としての立ち振る舞いなど、どれをとっても見事。華やかなアイドル時代の“麗しいオーラ”を封印し、ナチュラルメイクで普段着っぽいファッションの“普通の女の子”を実に自然に演じていたのだ。アイドル時代よりも少し幼く見えた程、とにかく魅力全開だった。

    映画全体の印象は、まさに予想通りの爽やかなラブストーリーで、まあ僕のようなオヤジにはちょっと「爽やかすぎる」けど、最後にちゃんとひねりもあるし、かなり楽しめました。

    僕は基本、映画を見る前にあまり事前情報を入れないようにしているので鑑賞後に資料を見て驚いたのは、これが台湾の映画のリメイクだと言うこと。台湾オリジナル版はエディ・ポン、アイヴィー・チェンとミシェル・チェンが出演しているらしい。ミシェル・チェンといえば僕が偏愛する『あの頃、君を追いかけた』のヒロインである。これは是非観てみたいけれど、今のところソフト発売も配信もないようなので観るのは不可能のようです。悲しい。実は今回の韓国リメイク版で最後の最後にちょっとした短いシーンがあるのだけれど、あのシーンがあったおかげで僕のこの映画への評価は爆上がりしました。このシーンが台湾オリジナル版にもあるのかどうかどうしても知りたいです。

    『君の声を聴かせて』監督:チョ・ソンホ(2025年10月2日@TOHOシネマズ池袋 スクリーン6)