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  • 今年度ミステリーランキングを席巻するか?『失われた貌(かお)』

    今年も下半期に入って年末のミステリランキング上位を狙った、各社イチオシの作品が出回る季節になってきた。伊坂幸太郎、恩田陸、米澤穂信という人気作家の絶賛コメントを帯に踊らせ、レースの先頭集団に一番乗りしたのがこの作品だ。『王様のブランチ』などのメディアでも大きく取り上げられ、書店の扱いも派手なので、今年の出版界の『鬼滅』か『国宝』になるのかな?と思い、普段文庫派の私も単行本を購入、読んでみることにした。

    顔を潰され、歯を抜かれ、手首を切り落とされた死体が山奥で発見された。県警媛上署の日野は部下の入江と共に捜査に取り掛かるが、時を同じくして新たな殺人事件も発生。無関係に見えた出来事が絡み合い、現在と過去を飲み込んで事件は思いがけない方向へ膨らみ始める…というストーリー。

    本格警察小説と言っていいだろうか。ヒラリー・ウォーの小説のように、地道な証拠集めをコツコツと積み上げ、真相に迫っていく様が緻密だし、市を跨いだ共同捜査の様子もリアル。登場人物たちも個性豊かで、ちゃんと血の通ったキャラクターとして機能しており、まずはエンタメ作品として素晴らしい完成度だ。

    (以下少しネタバレ注意)ただ、気になるのは事件の肝となる重要なトリックと、人間ドラマの山場の一つが、それぞれ有名な名作推理小説のそれとかなり似ているという点だ。まあ世にこれだけの作品が出回っているので、完全にオリジナルなネタだけで作品を書くというのは不可能だろうが、それにしても似ている。もしかしたら著者も、あの有名な2作品のことが好きで、オマージュのつもりでネタを被せたのかもしれないが、ちょっとそこに関しては残念だった。

    ただ、先に触れた通り登場人物たちのキャラがとても立っているので、この登場人物たちの活躍をまだまだ見てみたいという気になった。ぜひシリーズ化してほしいし、これで年末のベストミステリにランクインしたら間違いなく映像化されるであろう。もし映像化されたらこのキャラクターたちをどんな俳優が演じるのか?ということも想像しながら読むのも一興だ。

    主人公日野役は、西島秀俊とか堺雅人がいいと思うけど彼らはもう50代だからね。40ちょいくらいでピッタリの役者ってなかなか思い浮かばない。松下洸平とか中村倫也があと5年くらい経てばピッタリになるかもしれない。個人的な希望として、部下の入江役だけはぜひ吉岡里帆にお願いしたいけど、こっちは5年経ったら合わなくなるか笑。そしてバー〈ブールバード〉のマスターはオダギリジョー一択だ。

    書籍『失われた貌(かお)』新潮社(著:櫻田智也)

  • 30年の時を超えてついに開かれた扉(笑) 壮大なSF叙事詩『ハイペリオン』

    この本の単行本が日本で出版されたのは1994年のこと(本国は89年)。僕は確かその翌年に購入し、二段組500ページ超えの分量に圧倒されて、以来30年も本棚に眠らせていたが、長年のやり残した思いを叶えて今月ようやく読むことができた。まるで劇中のコールドスリープ(全然違うけど笑)のような体験だ。

    SFファンならその名を知らぬものはいない金字塔的な作品で、ヒューゴー賞&ローカス賞を受賞し、日本出版当時も作家の椎名誠さんらが絶賛し話題となったこの本。

    恒星間の瞬間移動が可能となり、200以上の惑星が連邦制の元に統一された28世紀。辺境惑星ハイペリオンにある、時間を逆転させる力を持つ謎の建造物“時間の墓標”の膨張が始まり、時を同じくして宇宙の蛮族“アウスター”がハイペリオンへの侵攻を開始する。連邦は“時間の墓標”の謎を解明するため7人の使者を巡礼としてハイペリオンへ派遣した…と、あらすじを聞いても何だかわかったようなわからないようなストーリーである。まあなんせ「千古の謎を秘めた辺境惑星に展開する壮大なるSF叙事詩」(単行本帯コピーより)なのでわかりやすく一言で説明するのは不可能なのだ。

    作中には「これは94年に読んでも理解するのは難しかったかもしれないな」というようなテクノロジーや設定がバンバン出てきて、まずそれを理解・イメージするのが大変。最近になってやっと“AIの人格”とかいうものもイメージできるようになってきたのでなんとか大丈夫だったが、まあなかなかの難易度である。

    時間の墓標へ向かう道中で領事・司祭・兵士・詩人・学者・探偵・船長といった7人の使者が、それぞれこの巡礼に参加することになった経緯を順番に語っていくという全体構成で、それぞれが独立したエピソードとして展開。そのジャンルも、ミステリー、戦争アクション、恋愛ものなど多岐に渡り、さらにそれぞれの話が持つ情報量も半端なくて、まずはお話についていくのに一苦労。まあ一筋縄ではいかないのだ。

    そしてこれはネタバレにはならないと思うが、実はこの物語は4部作で、この1冊を読んだだけでは完結しない。こ~んなに長い1冊を読み終えてもまだ導入部に立ったばかりなのだ。乗り掛かった船なのでなんとか航海の終わりまで見届けたいと思うが、まあとにかく「よくこんな話を思いついたな」と、作者ダン・シモンズの生み出した壮大なイマジネーションに圧倒され続ける1作だ。

    書籍『ハイペリオン』早川書房(1989年 著:ダン・シモンズ)