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  • この魅力を伝えるのは難しいが、不思議な情感がとめどなく溢れ出る『旅と日々』

    『ケイコ 目を澄ませて』(2022年)、『夜明けのすべて』(2024年)の三宅唱監督の最新作。2022年の僕の日本映画ベスト作品である『ケイコ』の三宅監督最新作を見逃すわけにはいかない。と、いうわけで公開初日から1週間経った映画館へ足を運んだところ、意外にも(?)お客さんは6〜7割程度入っていてびっくり。

    原作はつげ義春の漫画『海辺の叙景』と『ほんやら洞のべんさん』。映画の前半は、行き詰まっている脚本家の李(シム・ウンギョン)が構想する物語で、夏の海で高校生らしき男と陰のある女(河合優実)が出会い、雨の中の荒れた海で泳ぐ…という話。後半は気分転換に旅に出た李が、雪深い寂れた宿に辿り着き、ものぐさな主人・べん造(堤真一)と過ごす数日を描く。

    淡々と、筋立てらしい筋立てもなく物語は進み、半ば唐突に終わる。僕は「ガロ」の熱心な読者ではなかったが、何作かつげ義春さんの作品は読んだことがあるので、どういう作風なのかは知っていた。そういう意味ではつげさんの漫画のトーンをそのまま生かした映画になっていると感じた。

    もちろん物語はあるのだが、いわゆる起承転結のようなわかりやすい作劇がないので、苦手な人は苦手だろう。でも僕が観た回にいた観客たちは皆、ここで描かれている世界を楽しんで観ていたようだった。笑いもあったし、その淡々とした時間の流れに身を委ねて、心地よい感覚を味わっていたように思う。

    主人公を演じるシム・ウンギョンは本当に不思議な女優だ。『サニー 永遠の仲間たち』(2011年)、『怪しい彼女』(2014年)という韓国コメディ史に残る2大傑作に主演した名女優でありながら、日本映画への出演を積極的に続け、『新聞記者』(2019年)では何と日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞まで獲得してしまった。今回の作品も決してわかりやすい内容ではなく、日本の女優であっても演じるのは難しいと思うが、彼女はいたって飄々と存在感を発揮し、すんなりこの世界の住民となっているように見える。

    河合優実も然り。近年、破竹の勢いでさまざまな映画、ドラマに出演し続け、それぞれの作品でしっかりと強烈な印象を残している彼女。今回の彼女の魅力をあえて挙げるなら、自身のセクシーさに制限をかけず、肝の座った存在感を見せてくれるところだ。最近の女優は少し人気が出てくると、「水着はダメ、下着もダメ、ベッドシーンなんてもってのほか」などとやたらイメージに制限をかけてくるが、河合優実はそういうところが微塵もない。ちゃんと監督や原作者に対する信頼と理解ががあるのだなと感じられる。だからこそ彼女は多くの優秀なクリエイターに求められているのだ。

    そして、こういうジャンルの映画にあまり出演しているイメージがない堤真一が出演している。彼もまた、パブリックイメージとは一味も二味も違うド田舎の変なオヤジを楽しそうに演じていて、シム・ウンギョンと絶妙な絡みを見せてくれる。

    さらに二つの物語の間を繋ぐブリッジ部分には「つげ義春世界」の住人とも言える佐野史郎も登場。あまりにもこの世界に馴染んでいて笑ってしまうほどだ。

    スタンダート・サイズで切り取られた青い海、雨の海、深い雪、つらら、夜の池など美しい風景もいっぱいで、物語の情感をたっぷり味わうことができる。この映画の魅力を人に伝えるのは難しいが、「この映画が表現している情感に共鳴できる人は信頼できる」と思わせてくれる、貴重で不思議な映画なのだ。

    『旅と日々』監督:三宅唱 (11月14日 @池袋グランドシネマサンシャイン シアター7)

    追記的雑談:

    この映画のスクリーンサイズはスタンダード(1:1.33)。最近『七人の侍』や『ミーツ・ザ・ワールド』など、スタンダードの映画を結構観ている。平たく言うと昔のテレビのサイズで、正方形に近い。映画はビスタ(1:1.85)やシネマスコープ(1:2.35)が主流だが、スタンダードにも独特の味わいがある。『どん底』までの黒澤明作品や根岸吉太郎監督の『遠来』、伊丹十三監督の『マルサの女』などもスタンダードだ。MGMミュージカルなど、人間の全身を使った踊りを見せるとか、縦構図の動きが多い映画などはスタンダードが効果的だし、通常のドラマ作品でも表情や密度を重視した作品には向いている気がする。

    ただ、唯一気をつけなければならないのは、その劇場のフルスクリーン状態がシネマスコープの場合、画面の両側がかなり狭まり画面が小さく感じることになる点。なのでそういう劇場の場合は、いつも観ているポジションよりやや前に座らなければならない。

    映画を理想的な大きさで観るためには映画のスクリーンサイズ、劇場のスクリーンのサイズ、座席数・配置をあらかじめチェックしておかなくてはならならいのだ。チケット代もバカにならない昨今、映画ファンの飽くなき研究は今日も続く笑。