
芥川賞作家・金原ひとみの柴田錬三郎賞受賞作小説の映画化。僕はこの手の「現代に生きる女性の姿を見つめた」みたいな作品は苦手であまり積極的には鑑賞しない。なのになぜ観に行ったかというと一にも二にも杉咲花の磁力に引っ張られたからである。『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016年 監督:中野量太)以来、彼女は新作のたびに気になってしまう俳優のひとりだ。
イケメンBLアニメをこよなく愛する根っからのオタクである27歳の由嘉里(杉咲花)は、仲間たちが結婚や出産をする状況に焦りを感じていた。婚活に乗り出し合コンに惨敗し、歌舞伎町の路上で酔いつぶれていた由嘉里は偶然通りかかったキャバクラ嬢のライ(南琴奈)に助けられ、そのまま彼女の部屋でルームシェアするようになる。ライとの生活の中で由嘉里は安らぎをおぼえるようになっていくのだが、ライには自殺願望があるのだった…というストーリー。
監督は『アフロ田中』『ちょっと思い出しただけ』の松居大悟。僕の中で松居監督はテレビ東京で放送されていたドラマ『バイプレイヤーズ』シリーズメイン監督の印象が強い。物語の柱である大杉漣さんが突然亡くなってしまったとき、大杉さんの不在を物語に取り込んだ形でこのシリーズをきちんと成立させ、さらには劇場版まで持っていった功労者だ。この『ミーツ・ザ・ワールド』とも“大切な人が突然いなくなる”というモチーフが共通している感じがある。

キャスト陣では杉咲花と南琴奈というふたりを、板垣李光人、渋川清彦、蒼井優といった芸達者な面々がガッチリと支えている。ストーリーの中心にいる南琴奈は、芝居にまだ硬さはあるけど独特の浮遊感があって役に合っているし、板垣李光人はこの若さでもうベテランの雰囲気があり、ちょっといい加減だけど人はいいホストをしなやかに演じている。渋川・蒼井は磐石の安定感で、特に蒼井優はこういう作品で脇に回るのをすごく楽しんでいる感じがあって素晴らしい。(蒼井優は2016年、松居監督の『アズミ・ハルコは行方不明』に主演している)
あとはワンシーンだけだが杉咲花と焼肉デートをする相手として令和ロマンの高比良くるまが出演している。お笑い芸人は総じて芝居が上手いけれど彼も例外ではなかった。少しウザいキャラの役だったけれどその中に不器用な誠実さを滲ませていて「さすがだなあ」と思った。
そしてやはり主演の杉咲花。この作品を観たくなったのはテレビで彼女の「オタク的」な早口しゃべりの芝居を見たからだ。相手の理解とかを気にせずにとにかく自分の言いたいことを早口でまくし立てる独特の芝居が妙にハマっていて笑わせてもらった。思えば去年は『市子』『52ヘルツのクジラたち』『朽ちないサクラ』と3本の主演映画を観たけど、どの作品も彼女の芝居に魅了されてしまった。彼女は小柄なこともあって、演じる役柄や実年齢よりもかなり若く見えてしまうけれど、映画を観ている間はそういうことを全く感じさせない。やはり生まれながらの芝居力が備わっているということなんでしょうね。
舞台となっているのは新宿・歌舞伎町で、多くの人がよく知っている場所で堂々たるロケーションが行われているのも見どころだ。僕が歌舞伎町で朝まで飲んだりしていた時代はかなり昔で、今となってはその様子もかなり様変わりしてしまったけれど、その独特の雰囲気は映画の中にも残っていて、懐かしさを感じる部分もかなりあった。朝、明るくなってから新宿駅に向かう途中の歌舞伎町の空気というものは、それを味わったことのある人にしかわからないある種の切なさがあって、その感じをこの映画はとても上手く捉えていたと思う。
2025年10月30日 @池袋グランドシネマサンシャイン シアター11
蛇足的追記:
ネットニュース等ですでに発表されているので、別にネタバレにはならないと思うが、劇中の肝となるシーンで菅田将暉が声のサプライズ出演をしている。映画を観ていた時に「あれ、聞いたことある声だな」と思ったけどすぐには気づかなかった。クレジットを見て「あの声は菅田将暉だ!」と分かった。松居監督との関係性(菅田将暉は2013年、松居監督の『男子高校生の日常』に主演している)で実現したらしいが、こういうのは実に面白いね。