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  • 『赤い糸 輪廻のひみつ』映画と出会うチャンスの大切さについて考える

    この作品は2011年公開、台湾青春映画の大傑作『あの頃、君を追いかけた』の脚本・監督であるギデンズ・コーによる純愛冥界ファンタジー映画です。日本では2023年の年末に公開されたのだが、そもそも作品の存在をちゃんと認識できていなくて、さらに公開規模がかなり限られていたので劇場鑑賞するチャンスに恵まれず、先日ようやく池袋の名画座・新文芸坐で鑑賞することができた。

    まず驚いたのは、封切りから約1年10ヶ月も経っているのにキャパ246席がほぼ満席当日チケットの券売機には行列、リピーターらしき人もたくさんいてロビーや物販コーナーも大混雑である。僕はチケットを前日に予約購入したが、その時点で観やすい席はほぼ埋まっていたのでびっくりしたのだが、想像以上の大入りであった。老舗名画座である新文芸坐ではここ数ヶ月、月に何度かこの作品を定期的に数日間上映していて、それはもちろんお客さんがたくさん入るからに他ならないけれど、封切りから2年近い歳月が経っているにも関わらず、なぜこの作品の灯は消えず静かに熱く燃え続けているのだろうか?

    落雷で命を落とし冥界にやってきた青年シャオルンは、同じく冥界にやってきたピンキーと共に“月老(ユエラオ)”として現世で人々の縁結びをすることになる。ある日二人の前に1匹の犬が現れたことから、シャオルンは失っていた記憶を取り戻す。それは初恋の相手シャオミーとの果たせなかった約束のことだった。

    物語はやや複雑で台湾の宗教観とかがわかっていないと理解できない部分も多々あるし、『あの頃…』でもあったことだがあまり本線と関係ないと思われる要素が結構ゴチャゴチャと入ってくるので混乱する。ただ本線であるシャオルン役クー・チェンドンシャオミー役ヴィヴィアン・ソンの演技はとにかく素晴らしく、二人の純愛パートは『あの頃…』同様感動的で見入ってしまう。ギデンズ・コーはいささか思い入れ強すぎな部分も含めて、愛すべき映画をまた1本作ってくれたなと思うけれど、今回そんな僕自身の感想は控えめにしておこうと思う。なぜならそんなことよりも興味深い情報を映画鑑賞後に知ったからだ。

    そもそもこの作品は2021年に台湾で公開されたが、日本の大手の配給会社はこの作品に手を出さなかったそうだ。そこにはおそらく大手各社の「ヒットは難しい」という判断があったものと推察されるが、そこで「このままでは日本でこの作品を見られなくなってしまう」と思いに突き動かされた、ほぼ個人の台湾映画社さんと、こちらもほぼ個人の台湾映画同好会さんが協力して配給権を獲得、劇場公開にこぎつけたという経緯がある。当然大手に比べたら公開規模も宣伝も大きくは展開できない。私のような普通の映画ファンにすらなかなか情報が届かず、上映劇場も多くなかったのはこういう背景があったからだ。

    さらにここまで劇場公開でロングランしているのは、2023年末の日本劇場公開以来ソフト化も配信もされていないから、いう事情もある。実はDisney +が世界配信権を持っているらしいのだが、台湾以外の国の配信をしていないらしく、さらに権利上の問題からソフト化もできないということらしい。つまり今、日本でこの作品を楽しむには映画館に観に行くしかないのだ。

    「映画館でしか観ることができない」というのは、それはそれで美徳でもあるだろうが、それによってこの作品を観たいと思っている圧倒的に多くの人が観るチャンスを得られないでいる、ということもまた然りである。

    この映画でシャオミー役を演じたヴィヴィアン・ソンが主演した『私の少女時代』(2015年 監督:フランキー・チェン)という台湾映画がある。僕はこの作品を日本公開時に劇場で観てとても気に入って、ぜひBlu-rayを買いたいと思っていたが残念ながらDVDのみの発売しかなく、それもあっという間に売り切れて再販もなく、激高プレ値がついて入手困難になってしまった。以来僕はこの作品を観られないでいる。多分このままだと、僕は一生2度とあの素晴らしい映画を観ることはできないだろう。好きな映画がこういう状況になることがたまにある。

    今や私たちは劇場公開→ソフト発売→配信という流れの中で、より自分の生活スタイルに合った方法で古今東西ほとんどの映画を楽しめるようになった。けれど、この便利で巨大なシステムの中で、不便を強いられている(この場合は観たいと思っている人に作品が届けられないこと)作品や会社もあるということを忘れないようにしなければならない。

    それにしてもこの作品を個人の力で配給してくれた方たちには本当に頭が下がる。そして文芸坐や各名画座をはじめとする、この映画を観るためのチャンスを長く繋いで行ってくださっている方々にも。私たちは映画が好きなだけで何もできないけれど、皆さんがチャンスを作ってくださったおかげで「自分にとって大切な1本」に劇場でまた出会うことができています。

    『赤い糸 輪廻のひみつ』監督:ギデンズ・コー(2025年9月22日@池袋 新文芸坐)

    もしチャンスがあればこちらの2作もぜひ。

    ↑公開当時、若者たちよりオヤジたちが号泣していると言われていました。私もエンドロールが終わって劇場を出る時、顔がグショグショで恥ずかしかった

    ↑この作品が2度と観られないなんて悲しすぎる。ぜひブルーレイ発売を!

  • ついに閉館してしまう盛岡ピカデリーの思い出

    ネットニュースを見ていたら『盛岡ピカデリーが2025年10月26日で閉館』というニュースが目に入った。老舗映画館がなくなっていくのは、ある程度仕方がないことではあるが、実に寂しいものである。というわけで僕個人の思い出をつらつらと書き残しておこうと思う。

    岩手県庁方向から向かうと、映画館が軒を連ねる“映画館通り”の入り口に位置するのが盛岡ピカデリーだ。客席数は176席。今やシネコン時代となったので、100席前後のシアターは普通になったが、僕が初めてこの劇場を訪れた頃は「ずいぶん小さい劇場だな」と思ったものだ。今では考えられないが1977年ごろの盛岡の映画館はどこも2階席があるくらい大きかったのだ。地上から暗い階段を降りてチケット売り場でチケットを買い、さらに地下へ降りていく穴倉のような劇場はなかなか怪しくて、そのいかがわしいような雰囲気が逆にワクワク感をそそるところもあった。

    初めてピカデリーで観たのは1977年の春休み『ピンクパンサー3』(監督:ブレイク・エドワーズ)と『ネットワーク』(監督:シドニー・ルメット)の2本立て。僕は当然人気コメディシリーズの『ピンクパンサー3』目当てで見に行き、実際最高に面白かったのだが、同時上映の社会派サスペンス『ネットワーク』もすごく面白かった。当時僕は中学に上がる直前でまだガキだったので、多分単独上映だったら『ネットワーク』は観に行っていなかったと思うが、米・テレビ界の裏側を描いたこの映画は当時の僕にとっても実にわかりやすく、衝撃的な内容で心に残った。こういう作品と出会えるのが2本立てのいいところである。

    さらに心に残っているのが1978年のお正月映画『オルカ』(監督:マイケル・アンダーソン)と『カプリコン・1』(監督:ピーター・ハイアムズ)の2本立て。リチャード・ハリス主演の海洋パニックアクション『オルカ』は、物語も良かったけどエンニオ・モリコーネの音楽が人間に家族を殺されてしまったオルカの哀しみを繊細に表現していて心に沁みた。一方、世界初の火星有人探査ロケットを巡る陰謀を描いた『カプリコン・1』はそのサスペンス演出とクライマックスのスカイ・チェイスが実にカッコよく、さらにジェリー・ゴールドスミスの音楽も最高で、映画を観ることの喜びを堪能させてくれた。この2作は生涯忘れることのできない「最高の2本立て」体験として記憶に刻まれている。

    そして忘れもしない1978年の夏休み、『さらば宇宙戦艦ヤマト』を観たのも盛岡ピカデリーだった。当時座席の事前予約などというものはなく、その映画を観るためには当日チケット売り場に並ばなければならなかった。この時はピカデリーの地下階段から行列が地上の表通りまでのび、さらに県庁方向までぐんぐん伸びていった。僕は行列に並びながら「これは映画館に入れるのだろうか?」と不安になったものだ。なんとか前の方の座席を確保することができて無事に映画を観ることはできたが、今や考えられないほどの立ち見客が後方や通路に溢れて、2時間31分もの長尺映画をみんな固唾を飲んで見入っていた光景は忘れられない。観終わって劇場を出ると、次回のチケットを購入しようとする人たちがたくさん並んでいた。どうやら僕たちの観た回が札止めになり、並んでいた人たちがそのまま次回上映のチケットを買うために並んだらしい。つまりこの人たちは次の回の『ヤマト』を観るために2時間31分も並んでいたのである。僕は「大ヒットというのはこういうことなのか」とこの時目の当たりにしたのだ。

    その後もピカデリーでは『勝利への脱出』『ガンジー』『ハイ・ロード』『コナン・ザ・グレート』など80年代の思い出深い映画をたくさん観させてもらった。

    僕が最後に盛岡ピカデリーを訪れたのは、上京し社会人になってだいぶ経ってから。『スイングガールズ』(2004年 監督:矢口史靖)の公開時に、生ガールズたちが来場して演奏するという試写会イベントがあったのだ。「あんな狭い映画館に十何人もの楽器を持った女の子が登壇して演奏なんかできるの?」と思ったが、実際久しぶりに劇場内に入ってみると意外と狭くなかった。昔は大劇場ばかりだったのでピカデリーを小さく感じていたけど、今や176席の映画館は中規模クラスの普通のシアターである。舞台挨拶も演奏も(まあちょっとだけ狭そうだったけど)滞りなく行われた。

    聞けば盛岡ピカデリーは2009年に不採算を理由に一度閉館したが、ファンの声によって1ヶ月後に営業を再開したらしい。今回の閉館は入居するビルの老朽化に伴った改修工事による5ヶ月の休業が、経営を圧迫すると判断されてとのこと。これまで本当にギリギリの中、映画ファンのために経営を続けてこられたのだなと感謝の念が尽きない。映写室にはDPCのみならず、今や貴重な35ミリ映写機も2台残されているとのことで、スタッフの皆さんの映画愛が伝わってきます。とにかく、56年間楽しい思い出をありがとう、お疲れ様でした。

    (9月24日の日記より)

  • 還暦オヤジ怒りの鉄拳!ドニー・イェン監督・主演『プロセキューター』

    チャップリン、キートン、ロイドの時代から、アクションは映画の基本であり最大の魅力だ。アクション映画はまさに私たちに“映画を観る喜び”を堪能させてくれるジャンルである。その“映画の魅力”を最大限に表現できる数少ない希代の映画スター、ドニー・イェン(62)の監督・主演最新作がやってきた。これは何をおいても観に行かなければならない。

    香港出身で今や世界中で活躍するドニー・イェンだが、僕がこの俳優の魅力に気づいたのはそんなに昔ではない。2016年『ローグワン/スター・ウォーズストーリー』の時だ。盲目のパルチザン、チアルートを演じていたドニーはハリウッド大作の国際的な俳優たちの中であっても、ただならぬ妖気をまとって作品の中で存在感を発揮し、流麗な動きで見るものを魅了していた。その後2021年の『レイジング・ファイア』でドニーの主演作を初めて劇場で鑑賞した僕は、年齢をものともしないキレキレアクションに圧倒され、すっかり大ファンになってしまったのだ。

    その後の『ジョン・ウィック/コンセクエンス』(2023年)などを経て公開された今回の主演作でドニーが演じるのは、警察を辞職して検事となったフォク。彼は貧しい青年キットがコカインの密輸事件で有罪を認めたことに違和感を抱き、検察内部の圧力と対立しながら陰謀を暴こうとするというストーリー。物語はシンプルでいかにも荒唐無稽だが、なんと実話がベースとのことで、ラストはまるで『アンタッチャブル』(1987年)のような爽快感が味わえる。

    そして言うまでもなくアクションシーンはもう凄まじく、普通の人なら30回は死んでるような激ヤバアクションを現在62歳のドニーは(もちろん他のキャストも)当たり前のように次々に見せてくれる。

    その昔、映画における格闘シーンの多くは「決められた動きを演じている」という印象のものが多かった。それはもちろん撮影現場や俳優たちの安全のために大切なことなのだが、観客としては「なんか段取りっぽいな」と思うこともしばしばだった。

    流れが変わったかな?と思ったのはマット・ディモンとポール・グリーングラス監督が組んだ『ボーン・スプレマシー』(2005年)あたりからだろうか。何が違うのかをうまくは説明できないが、とにかくこの作品のアクションは「段取りっぽくなかった」のだ。本当に登場人物同士が本気で闘っている感じがあったし、それを見せるカットワークも実に正確で効果的だった。

    明らかに革命的な変化があったのは『ジョン・ウィック』(2014年)だと思う。効果的にカットを割って見せていくそれまでの映画と違って、カットを割らずにアクションの流れを極力そのまま見せていく手法はそれまでの作品とは段違いの迫力で「スタントマンたちはみんなちゃんと生きているのか?」と思うほどだった。『ジョン・ウィック』シリーズを経て世界のアクション映画は変化し、その延長線で『レイジング・ファイア』や『トワイライト・ウォーリアーズ 決戦!九龍城砦』(2024年)、そしてこの『プロセキューター』のような作品たちが生まれていった感じがする。

    そして驚くべきことにこの作品のアクション監督は『はたらく細胞』の大内貴仁さん。『はたらく細胞』はワイヤーなどを使ったある意味ファンタジー的な派手派手アクションだったけど、今回は格闘中心のリアル志向な見せ方で実に素晴らしかった。

    さらにこの映画の感想として忘れていけないのは、我々世代には何とも懐かしい『Mr.BOO!/ミスター・ブー』(1976年)のマイケル・ホイが出演していることだ。彼は現在83歳とのことだが、衰えを全く感じさせないユーモラスな演技でしっかりと笑いをとっていて、作品に厚みを加えるのに一役買っている。香港映画の歴史を感じさせるナイス・キャスティングである。

    『プロセキューター』監督:ドニー・イェン(2025年10月3日 @池袋グランドシネマサンシャイン シアター7)

  • 元IZ *ONEキム・ミンジュ映画デビュー作『君の声を聴かせて』

    この作品のタイトルやポスタービジュアルの第一印象は、いかにも僕の苦手とする爽やかなラブストーリーで、まあ多分観ることはないだろうなと思っていた。なのになぜわざわざ公開初週に早速劇場に足を運んだかというと、その理由はただひとつ「キム・ミンジュが出演していることを知ったから」なのだ。

    『君の声を聴かせて』は、2009年の台湾映画『聴説』の韓国版リメイク。大学を卒業したものの、就職もせずに両親が営む弁当屋を手伝っているヨンジュンは、弁当の配達先で出会ったヨルムに一目惚れしてしまう。ヨルムは聴覚障害者ながら水泳のオリンピック選手を目指す妹ガウルを献身的に支えていた。ヨンジュンは大学で習った手話を通じてヨルムと心を通わせていくのだが…というストーリー。

    ヨンジュンとヨルムを演じた主演ペア、ホン・ギョンとノ・ユンソは実に爽やかで演技も素晴らしいが、この二人に負けず劣らずの魅力を発揮していたのがガウル役キム・ミンジュだ。彼女は、2018〜2021年までグローバルガールズグループ“IZ *ONE (アイズワン)”のメンバーとして活躍し、グループ解散後は女優としてドラマなどに出演しているが、商業映画に出演するのはこの作品が初。

    彼女はIZ *ONE 時代からその美しさには定評があったが、ステージパフォーマンスと映画で演技することや存在感を発揮することはまた違うスキルが要求されるので、実は「ミンジュは役者として大丈夫なのかな?」と少し心配していた。

    実は何を隠そう僕はIZ *ONEの大ファンだったので、グループ結成のためのオーディション番組やデビューしてからのVlogなどもマメにチェックしていた。IZ *ONEに選ばれたメンバーはそれぞれパフォーマンススキルがかなりのハイレベルで、当時ミンジュは歌やダンスの経験不足から、練習で他のメンバーについていくのが大変そうな時がちょくちょくあった。でも一転して本番のステージや完成したMVでは見事なパフォーマンスを見せてくれていたので、「ミンジュ頑張ったんだね〜(泣)」と親戚のように感動していたものだ。

    なので本格的な映画初出演となったこの作品での彼女を期待半分、心配半分で注目していたのだが、結論から言うと「そんな心配はまったく無用」だった。メインキャスト3人は手話での会話がメインとなるが、手話をしながら表情で感情を伝える複雑なシーンや、水泳選手としての立ち振る舞いなど、どれをとっても見事。華やかなアイドル時代の“麗しいオーラ”を封印し、ナチュラルメイクで普段着っぽいファッションの“普通の女の子”を実に自然に演じていたのだ。アイドル時代よりも少し幼く見えた程、とにかく魅力全開だった。

    映画全体の印象は、まさに予想通りの爽やかなラブストーリーで、まあ僕のようなオヤジにはちょっと「爽やかすぎる」けど、最後にちゃんとひねりもあるし、かなり楽しめました。

    僕は基本、映画を見る前にあまり事前情報を入れないようにしているので鑑賞後に資料を見て驚いたのは、これが台湾の映画のリメイクだと言うこと。台湾オリジナル版はエディ・ポン、アイヴィー・チェンとミシェル・チェンが出演しているらしい。ミシェル・チェンといえば僕が偏愛する『あの頃、君を追いかけた』のヒロインである。これは是非観てみたいけれど、今のところソフト発売も配信もないようなので観るのは不可能のようです。悲しい。実は今回の韓国リメイク版で最後の最後にちょっとした短いシーンがあるのだけれど、あのシーンがあったおかげで僕のこの映画への評価は爆上がりしました。このシーンが台湾オリジナル版にもあるのかどうかどうしても知りたいです。

    『君の声を聴かせて』監督:チョ・ソンホ(2025年10月2日@TOHOシネマズ池袋 スクリーン6)